私は書面提出の期限に遅れることが、一番、怖い。なぜ怖いのか。そもそも何の書面を提出するのか。私は、パラリーガルとして法律事務所で働いている。パラリーガルとは、弁護士の指示・監督のもとで法律に関する事務を行い、弁護士の業務をサポートする専門アシスタントのこと。
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法律事務所には、怪我や病気で就労が困難になり、年金を早めに受け取りたいという困り事がある人や、借金を返せなくなり、破産を考えている人等が相談に来る。そして、依頼者から困り事や事件解決を依頼されると、法律事務所で働く弁護士が、書類の作成や裁判所、行政機関への書面提出を通じて困り事や事件解決のために動いていく。
事件解決までの業務を弁護士一人で行うのはとても大変なので、パラリーガルが書面提出の業務をサポートしたり、依頼者と打ち合わせをしながら、書面の草案を作成する。時には弁護士が行うものに近い、専門的な業務に取り組むこともある。
ここで重要なことが一つ。行政機関への書面提出には、期限がある。
その期限に遅れると、事件解決自体ができなくなることもあり、依頼者に著しく迷惑をかけてしまう。だから、書面提出の期限を常に把握し、今、最優先する業務は何かを考えながら、勤務している。
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私が今、最も急いで書面を提出しなければならない事件は5件。どうにか期限に間に合う目処はついた。だけど、書面提出の期限に遅れることを恐れる理由が、変わってしまった。
以前は、「この書面の提出が遅れたら、依頼者の人がとても困ってしまう。絶対に困らせたくない。必ず期限に間に合わせて解決しなきゃ」と思っていた。依頼者の困り事を解決したい、誰かの役に立ちたいと思って仕事をしていた。書面の提出を間に合わせたときは、何とも言えない達成感に包まれたし、事件が解決したときは、思わず泣きそうになるぐらい、嬉しかった。
だけど今は、「書面提出の期限に遅れて、依頼者からクレームを言われたらどうしよう。仕事を失ったり、上司や先輩から叱られたらどうしよう」とか、そんなことばかり考えてしまう。
達成感を味わいモチベーションを高めるよりも、手早く、手際よく業務を進めること、クレームを起こさないことに重点を置いてしまっている。パラリーガルとして仕事をして、もうすぐ2年。業務を進めるうえでミスは許されない。書面の提出期限は絶対に守らなければならない。そんな緊迫感を、嫌というほど味わってきた。
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心を込めて、事件解決のために業務を進め、質問にも真摯に答えたつもりだったけど、それが伝わらなくて、依頼者から冷たい言葉を吐かれることもあった。それでも、事件が解決して感謝の言葉を下さったり、打ち合わせ中に「無理はしないで。身体を大切にね」と気遣ってくださる依頼者もいる。
私がやってきたことは間違ってなかった。私の真心も、取り組みもこの人に届いてると思える瞬間がある。こんなことを書くのはおこがましいけど、私の上司の弁護士と、私を頼って、困りごとを相談してくださる人がいる。
彼らのためにも、私は、この仕事を辞めることはできない。辞めない。だから私は、人の役に立ちたい、誰かの人生が少しでもいい方向に進むように、困り事や事件解決をしたいと思って仕事をしていた、入所1日目のまっすぐな気持ちを取り戻したい。