彼氏と別れた。
青天の霹靂、というわけではなかった。ここ最近、というよりももうずっと前から、上手くいっていないことはわかっていた。

お互いの性格とそこから予想される将来、みたいなものに対する解釈が、私と彼とでピッタリ合っていたので、別れを切り出された時、ごく自然に受け入れられた。むしろ、それまで合わないところが多すぎた分、解釈が一致していたことへの安堵感すらあった。揉めることも、険悪になることもなく、互いにこれまでの感謝を口にし、今後の健闘を祈りながらの、"円満な"別れであった。

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約2年の交際期間中、ぶつかることは多々あった。噛み合わない関係をどうにかしなければと思いながらも、どうすれば彼と上手くコミュニケーションが取れるのか、もはや分からなくなっていた。友人や同僚など、恋人以外の関係性の相手に対しては、当たり前に思いやりをもち、相手を尊重できるのに、今後人生を共にするかもしれないと思う相手ほど、引っかかるところを見つけては、キツく当たってしまう自分がいた。

何度か話し合いを試みたけれど、結局私がヒートアップして、彼を傷つけて、何となく終わる。何も解決していないのに。
彼も私に言いたいことがいっぱいあっただろうに、色んな気持ちを飲み込ませてしまっていた。視界に靄がかかったように、一緒にいる未来を想像できなくなっていた。

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大学を卒業し、新社会人として踏み出したその日、彼と出会った。"職場の先輩"は、やがて"先輩兼恋人"になり、私の転職を機に"恋人"という関係性だけが残ったが、別れた今、私と彼を結びつけるものは何もなくなった。繋がりが多かった分、喪失感も大きい。

朝目覚めて1番に、もう彼はいないという現実が私に襲いかかる。それまで日常の一部であったものがすっぽりなくなる感覚は、何度経験したって当たり前に苦しい。恋をすれば終わりがやってくるなら、もう人を好きになるのはやめたいと思うほどに。

彼を想起させるものを見たり、場所に行ったりすると苦しさは増す。幸か不幸か、最近台頭してきたお笑い芸人が彼にそっくりなものだから、思い出す頻度は確実に多くなっている。テレビ越しのそっくりさんではなく、本物の彼に会いたくてたまらない。

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過去の経験がその後の自分の考えに影響を与えることは往々にしてあるが、こと恋愛において、それは顕著であると思う。「浮気された経験から、恋人の交友関係に疑心暗鬼になってしまう」「追ってばかりの恋愛は疲れたので、今度は自分を好いてくれる人と付き合おう」、など。

私にとってのそれは、「一度別れた恋人とヨリを戻しても結局同じ理由でダメになるので、復縁をしてはいけない」であった。
再び心が通いあった瞬間の情動はやがて日常に埋もれ、同じ失敗を繰り返してしまうことを知っている。道を違えた2人には相応の理由があったのだから、同じ人とやり直すよりも新しい相手を見つける方が得策であるはずだ、ということも。

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会いたい気持ちにセーブをかけるのは、復縁に対する抵抗感だけではない。思い出は美化されると言うが、距離ができるほど相手を客観的に見られるタチなので、むしろ別れた後の方が、嫌なところは目につく。
言われて傷ついたこと、されて嫌だったことは時間が経った今でも鮮明に思い出せる。普段は心の奥に仕舞い込んだしこりが、時々ニュルっと顔を出して肥大化し、苦しくなる。ああもう、他人なんだ。そう思ってホッとしたことも何度かあった。

思い出に酔いしれているわけではないのに、嫌なところもちゃんと分かっているのに、戻っても上手くいかないだろうと思うのに、恋しく思う気持ちを止められない時は、どうやり過ごせば良いのだろう。

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そもそももし復縁したらなんて、全てが私の頭の中の話であって、彼はとっくに前に進んでいるのかもしれない。しかし別れ話の最中に彼が流した涙が、あるいは別れた後、区切りをつけるためにとこれまでの感謝をしたためた手紙を渡しに行った時、その行動を復縁希望の私がやって来たと受け取ったかもしれない彼の温かい対応が、いつまでも私を同じ場所に留まらせ続ける。

前に進むか戻るのか、どちらかに振り切れたら楽なのに。

秋空のように刻々と変わる私の気持ちは、最終的にどちらを選ぶのかわからない。
しかしどんな経験も人を豊かにすると思えば、間違いなんてきっとない。

選んだ道が最適解だ。