コンプレックスって自分にしかわからないことだ。
めちゃめちゃ歯が白くてきれいな友だちが「やっと歯列矯正始めた~」と笑っていたときにそうだよなあ、と思ったのである。

自分のまぶたをキャンパスに

家族4人、パパ、ママ、お姉ちゃん、わたし、の中でわたしだけが一重まぶただった。一重まぶたが劣性遺伝、つまり二重まぶたより遺伝しにくいってことを中3の生物の授業で知った時、なんだかちょっと15歳の子ども心をくすぐられた。

自分の目が大好きで、メイクを始めてからはもっと好きになった。もともと絵が好きだったから自分のまぶたをキャンパスにできるのは色水を混ぜて遊ぶときみたいな、かすかな興奮があった。一重だからキャンパスは広めだし、赤とか真っ青とか黄色とか、鮮やかな色を入れてもきつくなることなく映えた。

就活の間はカラフルなメイクができなくてつまらなかった。せめて、と思って憧れのブランドのお高いアイシャドウパレットを買った。淡いピンクと上品なボルドーはそれはそれでレディになって、よかった。

勝ち組の一重とは

「いやそれはさ~勝ち組の一重だからだよ!!」
某広告代理店の最終選考。グルディスで仲良くなった女の子が寝坊したのでアイプチができなかったという話に、「そんなことしなくてもいいじゃ~ん」と言った結果、わたしはなにかに勝っていたのである。

「お嬢は一重なのに目がぱっちりしてて、目頭も切れてるし横幅があるしさ、勝ち組の一重じゃん?」

さて、わたしはなにに勝っているのでしょうか。そして誰が負けているのでしょうか。

一重なのにかわいい、釈然としない

ダンスチームのリハ前、みんなで鏡の前で密集してメイクしてる時に、肩が当たるレベルで隣にいた子に「一重だったの!?」と言われたこともあった。
何が言いたいかというと「一重なのにかわいい」と言われ続けてきて、それが釈然としなかったのである。

そもそも論を言ってしまえば、第三者が誰かのルックスに対してかわいいとかブスとかジャッジすること自体がダメだと思う。

仮に勝ち負けがあるとしたら何かしらの基準があるからそれが成立しているわけで、じゃあその基準って誰がいつ、どういう理由で決めたんだろうか。

雑誌とかのメイクの記事には必ず「二重幅」って言葉が出てくるけど、それは二重がスタンダードになっているから? 二重が前提になっているのか、みんな二重になりたいってことが前提になっているのか。

どっちかわからないけど、ルックスの基準とか勝ち負けを誰かが決める権利はないはずだ、と思う。自分の基準から外れている人のルックスに関して感想を言うのもダメでしょう。当たり前のことだけど書かなくちゃいけないと思った。

一重とか二重とか目の話だけじゃなくて、誰かの外見に関して他人がジャッジするのは絶対におかしい。だって外見って生まれてからずっと付き合ってきたものだし、あとから手に入れたんじゃなくてもともと持ってるものにどうこう言うのって、人としてものすごく失礼だと思う。

わたしは一重まぶただけど自分の目が好きだし、美人だと思っている。

わたしはわたしのものだし、わたしが自分の外見を愛するのに誰かが決めた基準に則る必要なんてないでしょう。

自己肯定感って「誰かが決めた基準で、優れている方に属している自分を愛する」こととか「自分の基準から外した人をdisることで優越感を得る」ことじゃなくて「自分が今持っているものを認める」ことじゃなかったのかな。

ペンネーム:お嬢

美容オタク。育ちはブラジル。ホームは原宿と銀座と高円寺。女性向けメディアでインターン中。