日常が例え奪われたしても、自分の人生は100点にできる

私は根っからのアウトドア派。
スケジュールは真っ黒じゃないと気が済まないし、少しでも時間があるならジムに行き、帰ったら深夜までアルバイト。そんな日々を送っていた。
しかし、そんな日常がたった一つのウイルスによって奪われた。
もちろん、ウイルスにうつる危険性を考えると怖かった。
しかし、私にはもっと怖いものがあった。
それは自分を好きでいられる自信だ。
予定をたくさん詰めてこなした時に
私は初めて自分を認められる気がした。
その感覚が私を夢中にさせていた。
私には戻りたくない過去がある。
高校二年生。
私は自分の良いところ、直したいところを絞り出すほどに考えていた。
といっても良いところなんて中々見つからず、自己嫌悪に陥っていたというのが現実。
それでも一つずつ、どうしたら直したいところを直すことができて、自分を好きでいられるのだろうか、大切にできるだろうかと懸命に考え、行動を起こした。その積み重ねで今に至る。
私はどうにかして元に戻らぬよう「今できることを」とこなしていった。
しかし、日々流れてくる残酷なニュース、将来への不安、色々な物が、状況が積み重なって、限界が近づいていた。
そして私は近くに置いてあったスマートフォンに逃げた。ここに何も答えなんて求めてはいなかったけれど。
私は適当に指をスライドしていった。そしてある言葉と出会った。
恋愛マスターのような恋愛を語っている人がこういっていたのだ。
「自分の生活が60点で残りの40点を恋人で埋めようとするな。自分の人生100点で恋人がいて120点やろ」と。
これは恋人と例えているが、私はハッと気がついた。何でもそうなのではないかと。
どんな状況にいようと、どんな人に出会おうと自分の人生は自分で100点を作り出すことができる。
そう、気がついた。
今までどれだけ環境や人のせいにして「外出できないから何もできない」とか「あの人のせいで自分がダメになる」というように生きてきたのだろう。
「~のせいで」じゃない。
「~だから」できることがたくさんある。
環境の変化や人間関係、生きていれば多くのことに立ち向かわなければならない。
その中で、人や環境に頼らず、100点を目指しなさいという訳ではない。
ウイルスが流行ってて外出ができない。人にも会えない。仕事もできない。
でもだからこそ、家にいて救われる命がある。
人の大事さに気がつく幸せがある。
今、将来についてより考える時間がある。
ないものではなく、あるものに目を向けて自分の人生、自分で責任を取れるようになりたい。
そう思った時、自分を好きでいられる自分になった気がした。
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