あの夏、私は憧れに死んだ。追い求めていた像にたどり着けず、心がぽきんと折れ、もう立ち直れなくなった。
大好きで尊敬していた先輩、私は「あなた」になりたかった。
「この人みたいになりたい」と憧れた先輩に、幼い感情をまき散らした
私がその会社に入社したのは20代後半に入ったばかりのころだった。そこで私はある1人の男性と出会う。一つ一つの仕事が速くて正確、頭の回転が速く理解が速い、どんなに難しい課題でもしっかりと考えて答えを出せる、なにより非常に努力家な先輩。
仕事ぶりを見れば見るほど、こう思うようになった。「この人みたいになりたい」と。
先輩とは年齢も近く、お酒好きということもあり、すぐに仲良くなった。仕事も一緒にするようになって、より近くで仕事ぶりを見ながら働けるようになった。「先輩だったらどうするだろう」、「こう工夫すればいいのかも」と考えたり、知識をつけるため資格の勉強もしてみたりした。考えながら仕事をする、ができなかった前職に比べると、だいぶ成長したと思う。
だけど、まだ先輩にはなれなかった。
そうこうしていたら1年が経過した。その頃から、先輩との関係性が変わり始めた。生意気にも私が意見するようになり、衝突が増えたのだ。ある日言い合っている時、こんな言葉が突いて出た。
「先輩は頭がいいからいいですよね」
そう言うと先輩は不愉快そうな顔をして、乱暴に言い放つ。
「俺、そうやって言われるのが一番嫌い」
先輩が陰で努力をしていることを知っているのに、一番良くない言葉が出た。本当に、最低だった。
ただ当時は努力をしているはずなのに一向に近づけない焦りと、相も変わらずなにもスキルが育っていない自分に対する苛立ちがあった。それを思わずぶつけてしまった。先輩は何も悪くないのに。幼い感情をまき散らしている私が悪いのに。
それでもやっぱり先輩に近づきたくて――先輩になりたくて、仕方がなかった。
先輩になれなかった私。未熟な感情を昇華させないまま会社を去った
だけど3年頑張った結果、先輩には、――なれなかった。
努力したけど、きっと努力の仕方が間違っていた。認めてくれる人は増えたけど、一番認めてもらいたい人に認めてもらえない。仕事を頑張れば頑張るほど徒労感に襲われた。
先輩との衝突も増えて、お互いズタズタになって(ズタズタにしちゃった自覚がある)、他の理由も相まって「こんなことになるなら辞める」と決めた。他の人からするとくだらない退職理由かもしれないけど、私にとっては一番の理由だった。
退職を決意したこと、転職することは、先輩には直接伝えなかった。あんなに面倒見てくれたのに、あんなにいろんなこと教えてくれたのに、あんなに優しくしてくれたのに!小さくて傲慢な私は最後、「ありがとうございました」で終わらせた。先輩は悔しいくらいに、いつも通りだった。私ばかりが空回りしていたのを、最後まで見せつけられた。
偉大な存在になれなかった私は、未熟な感情を昇華させないままその会社を去った。
他人にはなれない。持っているモノが違うなら、違う武器を持たなきゃ
その後、私は新しい会社で働き始めた。新しい業務、新しい経験。目標だったものから離れ、自分の目標を立て、それに向かってガツガツと努力し、”自分自身の未来の姿”を描いた、ーー自分自身と向き合った結果、ようやくわかったことがある。それは「他人にはなれない」ということだ。
どうあがいても、どんなに憧れていても、その人にはなれない。なろうとするから歪みができたり、ないものねだりになったり、そして潰れてしまうのだ。
だけど、私とあなたは別の人。持っているモノが違うのなら、違う武器を持って高みを目指さなきゃ。「すごいじゃん」ってあなたに認めてもらうために。
今私は前職と全く違う職種で働いている。ゼロからのスタートである。伸ばしていきたいスキルの軸が見つかって、今それを磨こうと試行錯誤しているところだ。あのころは「自分の中になにもなかった(先輩依存だった)」から、苦しくて仕方がなかったけど、今は先輩から学んだものを糧に、自分の中に芽生えた大切な軸やスキルをしっかりと伸ばしていこうと思う。そうやって、いつか先輩と肩を並べられるようになりたい。
最後に記すが、今でも先輩のことは尊敬していて、今でも交流があり、プライベートで仲良くさせてもらっている。大好きな先輩との縁、手放せるわけがなかったよ。
会社を去ったから最後、じゃなくて本当に良かった。