学校の制服は半袖があったけれど、最後まで袖を通す事はなかった。「暑くなかった」と言ったら嘘になる。私は人一倍代謝が良くて、なんなら5月のはじめくらいから体から汗が噴き出るし、それで臭うのも嫌だから毎日欠かさず汗ふきシートを持ち歩いていた。

なんで半袖を選ばなかったのか。半袖がスポーティー過ぎて引け目を抱くとか、脱毛がしんどいとか、まぁ他にも色々あるけれど、一番に私の胸の中で燻っていたのは「肌を見せるなんて破廉恥だ」という考えだった。

いつからそんな風に思っていたんだろう?

肌を出している女子を冷めた目で見つつ、本当は羨ましかった…

思い返すと小学生の頃、夏になると素足に半ズボンで、半袖で登校していた同級生の女子がいた。私は「よくそんな格好ができるな」と冷めた目で眺めつつ、本当は羨ましかった。私は、似たような服を着ながらも半ズボンの下には絶対にタイツ着用で、半袖の上にはパーカーを着てからでないと人前には出られなかったから。

とかいっても、私の肌にはなにも恥ずべきものはなかった。さらに、私は本当はシースルーのブラウスやミニスカート、襟ぐりの広いシャツとか、露出の多い服が好きだった。しかも、運のいいことに当時は大人の身勝手な性的搾取の対象にもされた経験はなかったし。

本当になにが嫌だったんだろう。ダメだったんだろう…?スカートは、なにかの上からなら着れたんだ。そういえば思い返してみると、どんなに暑くても絶対にスカートの下にはスパッツを穿いていた。小学校のみんなも穿いてたし(流行ってた)、私も好んで穿いてたけど、もしかしてそれに慣れてしまって素足では落ち着かないのか?

小学生のころから、自分を守るために着る服を制限して生きていた

いや、なんかしっくりこないな。多分違う。そういえば、私がちゃんとスカートを服に選び始めたのは小学3年生になってからで、その前の1・2年生の時は毎日ズボンだったことを思い出した。
私だって、好き好んで暑い日も寒い日もズボンでいたわけじゃない。ちゃんとした理由があった。小学校に入学して1ヶ月くらいして、クラスの二人の男の子がスカートめくりを始めたのだ。一緒に話していた時、ふいに目の前で、そのクラスメイトのスカートがめくられた。スカートをめくった男の子は笑っていた。された子は悲鳴を上げて、全速力で逃げていた。その日以降もそうした風景はよく見られた。でも、大人たちは問題にしなくて問題が起きた時に開かれるクラス会議の議題にもならなかった。

スカートをめくられたくなくて、男の子の標的にも思い通りにもなりたくなくて、その事件があった次の日から、私はスカートを穿くのをやめた。そんな私の静かな反抗は、ある日「『お宅の娘さんズボンばっか穿いているけど、なんかの病気なの?』ってよそのお母さんに心配されちゃったよ」と母から言われた、その時に、そこはかとない虚しさを感じ終焉を迎えた。
私は“スカートめくりをされたくない”その一心で、着る服を制限して生きていたのに、周りからすれば「そんな事」なんだ。する必要ない努力しちゃったな。そう思って、なんかどうでも良くなった。それにクラス替えもあったから、スカートめくる人もいなくなったし、もう良いか。そう思っていた。

リスクヘッジをして服を選ぶなんて、そんなのおかしいよ!

服装はなにかの免罪符じゃない。スカートを穿いていたからといってめくって良いわけがないし、制服のスカートが短かったからといって、いやどんな長さでも、痴漢や性犯罪を起こして良いわけがない。許されないんだ。そんなのはわかってる。フェミニズムの本を読んでれば死ぬほど出てくるし、だから理論としてはびっしり頭に貼り付いてる。

だけど…。

私が制服で半袖を選べなかったり、スカートの下になにか穿かないと「破廉恥だ」と思ってしまったりするのは、無意識に「男を誘うような無防備な服を着たくない」と思っているからではないのか。悔しいけど、経験上髪は長い方が話しかけてくる男性も増えるし、フェミニンな服装の方が声をかけられる頻度も上がるんだよね。でも、どんなに髪を短くしてボロボロのスニーカーとくたびれた毛玉だらけの服で武装しても、話しかけられるのがゼロにはならないんだよね。

しんどいなぁ。頭ではわかっていても、ついつい自分にも理由を探してしまうし、“服が犯罪の理由にならない”理論がちゃんと地に着いて、どんな服を着ていても人として尊重される社会に私が生きれる日は来るのかな。

成長と呼べるかわからないけど、とりあえず長めの半袖なら着れるようになったよ、私。
社会が変わるかはわからないけど、自分だけでも、この苦しい考えから解放してやれると良い。