仕事が忙しい。
どのくらい忙しいかというと、夜中の2時まで仕事してから寝て、土日もほとんど仕事をしている。しかし、こんなに働いても仕事が終わらない。

常に忙しいのではなく、仕事が重なる時は忙しいだけとはいえ、そろそろしんどい。

仕事のことで頭いっぱいになって疲れて果ててしまった

忙しいと何が起こるかというと、気づいたら1日が終わってしまう。仕事中はフローモードにはいっているので、あっという間に時間がすぎる。昼食も食べに行く時間が惜しいから、コンビニでおにぎりやサンドイッチなどを買って済ませてしまう。睡眠不足をごまかすため、1日に3~4本くらいカフェラテを飲む。

仕事が終わるとボーッとして、家に帰りシャワーを浴びて(きつい時は朝風呂にする)、好きなことをするより「1秒でも長く寝たい」という思いでさっさと寝てしまう。

そんな生活を3週間くらい続け、さすがにもうやばいと思った。
まるっきり、3週間の記憶がないのだ。気がつけば、日記も書いてないし、嬉しかったことも、悲しかったとこも、特に何もないのだ。
ぽっかりと、抜け落ちた3週間。

嬉しくても喜べない…。私の心から消えてしまった感情

気分転換にエッセイを書こう。そう思って、書き出そうとして絶望した。全然書けない。

基本的に、私のエッセイの文章の源泉は、“欲”だ。熱烈にこうしたい、こうなりたいという思いに対して、現状が見合っていないことが、悲しくもなるし怒りも感じる。
けれど、最近はそんな欲もなくなってしまった。

仕事の成果は出た。喜ばしいことなのに、嬉しいと感じなかった。ただ淡々と、粛々と、やるべきことをやっていくだけ。
覚えていることは、あの仕事が終わったということと、この仕事が残っているということだけ。

大好きな服を選ぶのが面倒くさいから、黒のシンプルな服にスカートを合わせる。起きてから寝るまでが、全てルーティーンになってしまった。目に入るものが、無機質になってしまった。

はて、私はどこへ行ってしまったのだろう?

周りに心配されても、もう自分でも痛みすら感じなくなっていたので「私、平気なのに皆はなんでそんなに心配するのだろう」と思っていた。今考えると、全てに対して何の感情も持てなくなることが、どれだけ精神衛生上よくないかなんてわかるのに。

感受性を失って気づいた。「自分を感じる時間」の大切さ

ある日、先輩が「旅行に行こう」と言い出し、自然が沢山あるところへ行くことになった。もちろん、パソコンを持って行くのは禁止。

結論からいうと、まる2日間パソコンに触れず、自然を満喫した結果、世界に色が戻ってきた。旅館の近くで取れたものをふんだんに使った料理もやロープウエイから見下ろした一面緑の世界、必死に漕いだ白鳥ボートなど、一つ一つに心が動かされた。

「あ、感受性って使わないと失われていくんだ」そう気づいた。

それからは、週に一度は必ずパソコンを触らない日をつくるように徹底した。
嬉しかったことも、悲しかったことも、ちゃんと日記に書くようになった。
楽しければ笑ったし、悲しければ泣いた。
そうすることで、私が戻ってきた。

「昨日、何が嬉しかった?」そう自分に問いかけて、ぱっと答えが出ない人は、一度自分を感じられる時間をつくってみてもいいかもしれない。