最近教職の授業を受けている時、ふと小学校5年生の頃、担任の先生に言われたことを思い出した。それは、当時すごく人見知りで、クラスメイトとうまく話せなかった私に向けたものだった。
「mononoをこの一年でクラスメイトと喋れるようにするのが私の目標です。みんなも協力してね」と、確かに彼女はそう言っていた。
それを聞いた私は「なんで?」ってすごく違和感を感じた。だってその先生の言い方は、まるでクラスメイトと喋れない私が悪者みたいな扱いだったから。すごく嫌で腹が立ったが、言われてしまったからには受け入れるしかなかった。
だから、渋々と「この人はこんなことを考えてるのか。じゃあなんか具体的対策を考えてるんだろう。じっくり見てやろうじゃないか」って感じで受け入れた。
先生の一言で、私は喋ることができない「みんなと違う人」になった
しかし結果からいうと、5年生の一年間過ぎても私はクラスメイトと他の子と同じように話すことはできなかったし、担任は全くの無策であった。
そしてその先生の発言後、5年生がが始まってから「なんか喋ってみろよ」「なんで喋らないんだよ」といった言葉をクラスメイトからかけられるようになってしまった。
そう、結局は担任の先生の余計な一言のせいで、私は他のクラスメイトにとっては喋れることかできないみんなと違う人、担任にとっては厄介な悪者となってしまったのだ。
そして、私は先生の言葉をそのまま受け入れたため、がっかりしたとともに、申し訳ない思い、最後には罪悪感が残った。その罪悪感の原因は、私がクラスメイトと話すことができなかったこと、私がそれを成しえなかったことが、言い方は確かに腹が立って嫌だったけどきっと私のために考えてくれたことだから、担任の先生は失望したかもしれないと思ったからだ。
もちろん5年生の終わり頃、私に声をかけてくれた子は少なかったけどいた。メールアドレスを交換したり、その子の家に遊びに行ったり…。中には20歳を過ぎた今でも付き合っている子もいる。
勇気を出してクラスの子に「一緒に帰ろう」と誘ったけど…
でも、私はそういう子に他の子と同じように喋れなかった。
だけど、担任の「私を(他の子と同じように)喋れるようにする」その言葉がずっと呪いのように心に響いていて「自分ってみんなと違ってダメな奴だ。先生も周りの子も気にしてくれているのに何もできない」とずっと思っていた。
その気持ちをそのまま親にぶつけたら「じゃあ、自分から喋ってみれば?」そう言われたから「一緒に帰ろう」って勇気出してクラスの子に言って、一緒に帰った。話すことなんてわからなかったから「家から撮れる中学校のサクラがきれいなんだ」ってだけ話した。
気のせいかその子は、ちょっと迷惑そうな顔をして話を聞いていた。
だからかな、その一回を境に私は一緒に帰ろうって誘うことを誰にもしなくなった。
そして、上記のようにほとんど喋ることもなく5年生が終わった。いいや、たぶん小学校生活が。
「無理しなくていい…」と自分に言い聞かせたら少し楽になった
そのまま中学校に上がったから、中学時代ずっと私はクラスメイトとあまり喋ることができず友達と呼べる人もいなかった。
親戚にそれを相談しても「いつか『友達』と遊べるようになればいいね」って言われて正直プレッシャーだった。
どいつもこいつもクラスメイトと喋って、友達になって…ってことしか考えてないって。
確かに小学5年生時の先生の一言が、呪いのように心の中にはあったけど、その呪いが嫌だった。
それから逃れるように「無理して友達なんか作らなくてもいいし、喋ることは絶対では無いか」って自分に言い聞かせた。そしたらちょっと楽になった。
今では大学生になり、いろいろな子とたくさん話をしている。無理せずに楽しく、他の子と同じようになんて考えなければいいんだ。