前の学校と似ているようで別物の廊下にひとり直立する。薄っぺらいスチールドアを挟み、「今日は…転校生を紹介します!」態とらしく間を溜めて発表する担任の声。直ちに騒めきが起こる。それを耳にした私の心臓も騒めく。

「マジ?!」「やったー!」「男?!女?!」「どんな子?!」

担任はまあまあ、と場を落ち着かせ私に合図を送った。恐る恐るドアを開けるとさっき迄の騒めきが嘘のように静まり返る。初めましてのクラスメイトたちは口を閉じる代わりに新品の制服に穴が空きそうなほど視線を浴びせた。右手と右足が同時に出るくらい緊張して教壇までの距離が50mに感じる。やっとの思いで中央までたどり着いた私は黒板に名前を書く、自己紹介、質問コーナーとなんとも転校生らしい洗礼を受けた。

転校してすぐにモテ期がやってきた。距離感に悩んだのは男子だった

数日間は他のクラスの生徒や先輩が教室を覗きに来た。話しかけてくれると有難いのだが、遠くから観察するだけしてそそくさ帰られると「私は公開初日の赤ちゃんパンダか!」とツッコミを入れたくなった。こうして私のモテ期が始まる。

女子からモテるのは満更でもない。毎日クラス関係なく色んなグループからお昼ごはんを一緒に食べようとお誘いを受け、廊下を飛び回る。挨拶を交わす人はみるみる増え、先生たちも安心していた。私も同性の世界で認められれば学校生活での平穏は保障されたも同然だと安堵した。

逆に距離感に悩んだのは男子だった。勿論、中には女子と同じように一クラスメイトとして、一友人として接してくれた人もいた。だが出会ってすぐに"恋愛対象"として関わってくる人も多く、そういった人が苦手な私には苦痛だった。勘違いさせてしまいそうだが私にも一目惚れのような経験はあるのでひと目見ただけでビビっと!自体が信じられない訳ではない。会って程なく恋愛対象として見ていたとしてもそれを悟らせないように隠してくれたり、こちらの反応を伺いながら小出しにしてくれる人に苦手意識は全くないのだ。私もそうするよう心掛けている。これは私のワガママだが表向きだけでも人と人の関係から恋愛関係に移行したい。

ここで、何の脈絡もなく告白される悍ましさを想像してみてほしい。二人きりではなく数人で3回くらいしか話したことのない人、ましてやラインでしか会話していない人から「好きです。付き合ってください」と顔を赤くされる。
"え?この人、私の何を好きになったの?"
という感想しか出てこない。だが敵を作る必要もないので模範解答「伝えてくれてありがとう。気持ちは嬉しいけど新しい環境に慣れるのに必死で暫く恋愛は考えられないんだ。今は恋人より早く気が合う友だちがほしくて…」
穏便に、穏便に…

急な告白まではいかなくとも、出会って早々恋愛に持ち込もうとされるパターンもある。転校してきたばかりの私を気にかけてくれた人に「まだこの学校に慣れてなくて家に帰ると疲れてすぐに寝ちゃう」と話したにも関わらずその夜からデートにしつこく誘われるようになったり。
振り向かせるために優しくしてくれたのかな?それはいいとして、この人私の話を全然聞いていないし私の気持ちは考えていないんだ。と少しショック。

退屈で刺激に飢えた学生諸君を満たすからこそ、転校生はモテる

ダイエットやメイクを研究してモテるようになった人、好きな事に夢中になっているうちに魅力が炸裂してモテるようになった人、モテ期到来の理由は様々だと思うのだが私にモテ期が来たのは私の手柄でも遺伝子のお陰でもなく、"転校生"だったからだ。

学校は鎖国中の国のような処で、若さは退屈に欠伸をする。三歩進んで二歩下がるような日本史の教科書。先生の鼻につく口癖。「今日は39回も言ったよ」ノートの端に"正"が並ぶ。眠い、疲れた、つまらないが頭の中でぐるぐる回る5時間目。
そんな刺激に飢えた学生諸君の前に突如現れる"謎・興味・特別"を兼ね備えた存在"転校生"。
もしも私が入学式からいたら?ミラノ風ドリアを運んできたウェイトレスだったら?特に見向きもされない存在なのに"転校生ブランド"が私を一目置かれる存在に仕立て上げる。
だから私を好きになってくれた彼らは、厳密に言うと私を好きになったのではない。
"日常を壊してくれたこの人はどんな人なんだろう?"その感情を"尊い恋"だと錯覚していただけ。
その事に気づかない彼らの照れた顔、真剣な顔を目の当たりにするとその事に気づいている私はギャップの狭間で虚しさに潰れる。

また、新しい学校ではこれまで出会ったことのないタイプ、すなわち筋金入りのギャルやヤンキーがわんさかいた。メイクが濃くて誰が誰だか区別がつかないし、見た目はイケイケだがタバコの吸いすぎで持久走はぜえぜえ息を切らしている。転校初日の授業中、カップルがディープキスをしているのを目撃した時は"私、ここで生きていける気がしない"と口をあんぐりさせるほど衝撃だった。初めて見る世界にびくついている私が彼らにはお淑やかに映ったのか、違うタイプで新鮮だったのか、興味をそそる要素になったのかもしれない。それに元カレが親友と付き合っただとか全く気にしない倫理観がごく普通で皆、清々しいほど心に正直な肉食系だった。これらの要因も私のモテ期に関係していそうである。

モテ期は転校した半年後に恋人が出来るまで続いた。振り返るとあれはモテ期だったと言えるが、当時はただただ困惑するばかりでモテ期とは認識していなかった。モテ期ってわくわくしてドキドキして自分に自信がつくものだと思っていたのに、????でドキドキ(冷や汗の方)で自分を見失いかけた。そんなモテ期だった。

出会ってすぐに"恋愛対象"として見てくる人から学んだこと

意中の人に告白するか迷っている人の背中を押す決まり文句「好意を持たれて嬉しくない人なんていないって!」は嘘っぱち。
よく知らない人、向こうも私のことをよく知らないであろう人から想いを伝えられてもその想いが熱ければ熱いほど、"何故?・怖い・気持ち悪い・引く"に終着する。
恋に落ちるとつい物語の主人公気分で自分の暴走に自惚れたりもするが、相手から見たら不審者役かもしれない。
メンタリストDaiGoは恋人に「考えていることが見透かされそうで怖い」とよく言われるらしいが、恋をすると人は誰でも知能レベルがチンパンジーと同じになる。とYoutubeで解説していた。
今後の人生、私を骨抜きにする人が現れたとしても「私の知能レベルはチンパンジーになっている」とお手洗いに張り紙でもして、大好きなその人を怖がらせない恋愛をしたい。
想い人の物語で不審者役になるくらいなら通行人Aでいい。