たからものって何だろう?
家族や友達はもちろん大切だし、恩師から受け取った心に刻んだ言葉もあるし、母からもらったネックレスも丁寧に使っているし、大好きな人からもらったサインも大好きなキャラクターのぬいぐるみも全部全部たからものだ。
たくさんのたからものに囲まれて暮らしている私が、部屋を見渡したとき、とある本を見つけた。『夏目友人帳』という漫画である。

私の心にゆっくりと染み込み、手放せない「たからもの」

『夏目友人帳』は、緑川ゆき先生が描く漫画である。妖怪が見える『夏目貴志』という少年は、幼い頃に両親を亡くし、親戚中をたらし回しにされていた。そんな境遇の中で高校生になった時、藤原夫妻という優しい人たちに引き取られ、とある田舎で生活するようになる。

そして、心を許せる友達や『ニャンコ先生』という招き猫を依り代にした妖怪、祓い屋という同じように妖怪が見える人々と出会い、人と妖怪とのつながりを通して少しずつ成長していく。そんな朗らかな成長物語が私の心にゆっくりと染み込み、いつしか手放せない作品になっていた。

『夏目友人帳』に出会ったのは十年程前のことだ。もともと妖怪に興味があった私は、本屋でこの作品をなんとなく手に取った。その頃の私にとって『夏目友人帳』は、ただのおもしろい作品に過ぎなかった。

疲れたときや人間関係で苦しくなったときに必ず読む「夏目友人帳」

私は数年前、職場での人間関係で心を患ってしまった。人間関係に疲れてしまった私は、家で過ごす時間が多くなった。カウンセラーからは「楽しいことをしなさい」と言われた。私は必死になって楽しいことを探した。そして、本を読むことにした。

私は、漫画も含めて本が好きだ。家にもたくさんの本がある。しかし、その頃は心と同じぐらい頭も疲れていて、活字を読める気がしなかった。だから、私は『夏目友人帳』を読み直すことにした。

すると、読みながら涙が溢れた。私はそれまで漫画を読んで泣いたことがなかったから、泣いている自分に驚いた。主人公の『夏目貴志』が、人や妖怪と出会い、そのつながりを受けとめ血肉にし、過去の自分やこれからの自分と向き合って、ゆっくりと前に進んでいく姿に自分が重なった。私には残念ながら妖怪は見えないが、まるでたちの悪い妖怪のように相容れない人間との関係に疲弊していた私にとって、『夏目貴志』が妖怪相手にも誠実に接している姿を見て感銘を受けた。

それから『夏目友人帳』は、私にとって大切なたからものである。仕事に疲れたときや人間関係で苦しくなったときに必ず読む。そうすると、心が穏やかになり、優しい人間になりたいと感じられるのだ。

私は、優しい人になりたい。他人にはもちろん、自分にも優しい人になりたい。昔は辛いことや苦しいことがあれば、ただただ我慢して過ごしていた。心にストレスを溜めるビーカーがあるとすれば、私は濁った水がじわじわとビーカーに溜まっていくのをこぼれないようにじっと耐え忍ぶばかりであった。しかし、いつかは水が溢れる。そして、私は社会人になって汚れた水がついに溢れてしまったのである。

自分らしく生きるために、まずは自分に優しくなろう!

社会人になり、私は初めて自分と向き合うことになった。今までの生き方では、これからの人生を乗り越えられないと感じた。そして、私は真剣に「自分に優しくなろう」と思った。やりたくないことには無理をしない。でも、やりたいことには積極的に挑戦する。もちろん多少の我慢は必要だ。周りに迷惑をかけてばかりでは、ますます人間関係に悩む羽目になるだろう。

しかし、赤点ギリギリで生きたっていいじゃないか。やりたくないことは赤点ギリギリでも、やりたいことや楽しいことは全力でやる。自分らしく生きるために、自分に優しくなろう。そして、余裕ができたら他人にも優しくなろう。こんな気持ちにさせてくれたのは、心が疲れたときに支えてくれた家族や友達、カウンセラー、そして、『夏目友人帳』のおかげである。

私は、これからもこの身近なたからものを、何度も何度も読み返す。私は、夏目くんのように成長できているだろうか、優しくなれているだろうか、家族や友達を大切にできているだろうか、そして、ときに相容れない相手であってもきちんと向き合えているだろうか。

心の支えになるような作品に出会えた私は幸せだ。この作品を生み出してくれた緑川ゆき先生に、そして、本屋でなんとなく手に取ったあの頃の私の感性に感謝して、これからも『夏目友人帳』とともに成長していきたい。