私は、とにかく不器用である。
幼稚園の頃、折り紙の「つくし」を折れずに先生の前で大泣きした思い出がある。
家庭科の授業が憂鬱だった。ミシンは一番苦手で、そもそも初めの糸をセットするところからして厳しい。
(ちなみに、いまだにミシンがどういう仕組みで縫われていくのか理解していない。この先もないと思う)
"裁縫"という女の子らしい事が苦手だった
裁縫がつくづく"楽しい"と思えなかった。糸がつれたり、きれいにまっすぐ縫えないというのもあるが、親にできないことをからかわれるのも嫌だった。自分とは真逆の、緻密で丁寧な作業が得意な子と比較されるのも。
(たかが裁縫ができないくらいでなんでこんなに惨めな思いをするんだろう)
(ミシンが使えない"ガサツな女"のレッテルが何歳になっても剥がれない)
やがて私は、"裁縫"という女の子らしい事が苦手な、男勝りキャラで行くことにした。
なんとなくこの頃から、女の子らしいということに抵抗があったのもある。
裁縫なんて出来たらきっと「いいお母さん」にされてしまう、という不安がすでに芽生えていた気もする。
高校を卒業し、舞台系のサークルで衣装を作る機会があったにも関わらず、得意な人がやれば良いと思ってやはり衣装は作らなかった。(…否、作れなかった)
社会人になり、さすがにもうミシンを動かすことは一生ないだろう、仮に将来子供ができて体操袋など頼まれたときはアウトソーシングしよう、と思っていたが、
23歳の春、まさかミシンと対峙することなろうとは。
社会人になり、コスプレ趣味にどっぷりはまっていた
きっかけは、ミシンと対峙しなければかなえられない夢ができたことだ。
その夢とは、「推しになること」。
昨年社会人になり、お金も少しできてきた私は、コスプレ趣味にどっぷりはまっていた。
好きなキャラクターのメイクをして、コスプレ衣装を身にまとって、大型イベントに行ったり、スタジオ撮影にいったり...ということが増えた。
よく、「コスプレは異性にちやほやされたいからやるのか?」と聞かれるがとんでもない。
コスプレは膨大な金と手間がかかり、一銭にもならない完全なる”自己満”の趣味だ。
好きでなければ絶対に出来ない。
とはいえコスプレは、この便利な時代、こだわらなければ大抵作らなくても何とかなる。
公式が衣装を出してくれていたり、私服っぽいものであればフリマアプリを駆使して探すことができる。
しばらくそれで私は満足だった。
ところが、2020春、ウイルスにより世の中がすっかり変わってしまい、家にいるしかない鬱々とした日々の中で、私は2つの運命的なコンテンツにはまってしまった。
動画を見て小道具を製作。思いのほかクオリティの高いものができた
1つ目のコンテンツは、コスプレ衣装は手に入れたのだが、どうしても小道具のマイクが欲しかった。
通販を探したがどこにもなく、やっとの思いで見つけた商品は、ブランド服が買えるような高値だった。
それでもあきらめきれず、作り方を模索していたところ、動画サイトにマイクの制作過程を乗せている人がいた。
どうせしばらくは外出もできず、家にいなければいけない。ここは童心に帰って大掛かりなオトナの工作でもしてみるか、と思い立った。
動画の指示に従って金ラッカスプレーやらプリンカップなどを用意し、動画をループ再生しながら製作を進めたところ、思いのほかクオリティの高いマイクができた。
小学生の頃、工作や折り紙ができず惨めな思いをしていた自分でも、落ち着いて説明を読み、その通りに進めればゴールにたどり着けるという当たり前のことを知れた。
何より、なんでも動画で見られるこの時代に感謝した。
23歳になって家庭科の教科書開いて、真面目にミシンの使い方を学んだ
2つ目のコンテンツは、Twitterを流れる美麗なコスプレイヤーたちと、推しキャラへの愛情が大爆発した。
このコンテンツの衣装はお金を出して手に入らないものだと知り、目の前が真っ暗になった。Twitter上のコスプレイヤーの方々は皆、手作りしているのだ。
ブレザーとズボンは既製品を加工すればなんとかなりそうだが、ベストはちょっと....という壁にぶつかる。
最初は布から服を作るなんてとんでもない!と諦めていたのだが、毎日タイムラインを流れていく美麗な推しキャラのコスプレ写真に居てもたってもいられなくなり、気が付いたら布屋さんにいた。
家に帰り布を広げると母親はどういう風の吹き回しかしら、と笑った。
自分でもおかしいと思う。
23歳で家庭科の教科書開いて、真面目にミシンの使い方を学ぼうとしてるのだから。
説明動画を見てはチャコペン線を引き、まち針を指に何回もさしながら印をつけ、仮縫いもして、ミシンを動かす。
家のミシンは学校の古いミシンと違ってすんなりと針を進めてくれた。
間違ったパーツとパーツを縫い合わせてリッパー片手に頭を掻き毟ることも何度かしながら、不格好な一枚のベストが完成した。
作業時間計6時間。
フォロワーさんが1時間ちょっとで綺麗に仕上げていたベストを、私は6倍の時間かけてぬい終えた。集中しすぎて、6時間経っていたことに気がつかなかった。
長年の呪いを打ち消したのは、推しへの愛情だった
完成したときの高揚感は、社会人になってから初めて味わうものだった。
仕事では決して味わえない達成感、やっと大好きな推しになれるという嬉しさ。
あともう一つ、20年近く自分には向いてない、できないと思っていたことができた、という喜び。物を作る楽しさ。
裁縫は成績を取るため、誰かのために捧げるための作業ではない。
自分の楽しみ、自己満のために頑張っても良いのだ、という当たり前のことに気付いた。
長年の呪いを打ち消したのは、
推しへの愛情であった。
これは後日談だが、今度は料理にハマりつつある。
説明を見ながら一つの作品を作り上げる面白さにコスプレを通してハマり、その創作欲は食材へと向かったのであった。
材料を買い出しして、自分なりのこだわりを加えて完成へ仕上げていく作業は、まさにコスプレと同じで楽しい。
自分で自分にかけた呪いが解けるのにずいぶん長いことかかってしまったが、これからは楽しい創作ライフを送ろうと思う。