推しのライブツアーが中止になった。新型コロナウィルスが世界的に猛威を振るっているなか、安全面を考慮すれば英断である。推しに二度と会えないと決まったわけではないし、今は皆で耐える時だと思っている。それに、ツアーは中止になったが、グッズはネット販売されたため、Tシャツやタオル等を注文し届く日を今か今かと待ちわびている。

あの時、私の心は「おすすめ」に表示されたバンドのMVに奪われた

現在の推しである某ロックバンドと出会ったのは数年前のことだ。動画サイトで「あなたへのおすすめ」として突然表示され、試しに最新のMVを再生したところ、独特の世界観に魅了され、気づけばCDやDVDをコレクションし、有給休暇を利用して地方公演に足を運んでいた。

これまでアイドル、アスリート、舞台俳優と様々な界隈にお世話になってきたが、ライブやイベントは苦手で行っても年に一度くらいだった。大好きな推しと自分が同じ空間にいることがなんだか申し訳なくなってきてしまうのだ。特に努力をして生きているわけでもなく、可愛いとかスタイルがいいとか仕事ができるといった才能があるわけでもないくせに、推しに会う資格が本当にあるのか疑問を抱いてしまい、何となくモヤモヤしていた。それになんといっても、グッズとして販売されているTシャツは、だいたい小さめに作られていて、購入しても会場で着ることはまずなかった。

爆音と歌声が響くライブ会場は、抑えていた感情を解いてくれた

推しのライブの日も例に漏れず「ノリきれなかったらどうしよう」「もし煽られて歌詞間違えたらどうしよう」と不安は募る一方だった。景気づけにお気に入りのシャツを着て行ったが、ペラペラした生地の頼りない感じが気になりだした。物販コーナーには、当たり前のようにTシャツが販売されていた。表にはメンバーの顔写真がプリントされ、裏にはバンド名が大きく入っている。サイズを見ると、公式が展開しているとは思えないくらいの大きさまでそろっていたので、思わず購入して着替えて会場入りした。

ライブが始まると、最初こそ初めての推しに圧倒されていたものの、Tシャツ効果だろうか、爆音と歌声に共鳴するように普段は抑えている感情が溢れ出し、気づけば腕も頭も振り回して叫び倒していた。幼い頃から感情は抑えるものだと認識していて、歳を重ねるにつれてその感覚が私を支配していくのを感じていた。

女のくせに、独身のくせに、デブのくせに、ブスのくせに。私をがんじがらめにする偏見や圧力は、極度の不安を植えつけて、好きなものを好きということすら苦しくてしていた。そこから解き放たれて、推しと自分を含む観客一対一のやり取りが複雑に絡み合った一体感は、ライブでしか味わうことのできない特別な感覚で、何かを誰かのせいにしようとする人はひとりもいなかった。

終演後、Tシャツは汗で重くなっていた。顔に触れると溶けたマスカラが手を黒くして、退場しようと踵を返したら両足が攣って動けなくなった。でも最高だった。生まれて初めてライブが楽しかった。

少しでも早く日常に戻って、Tシャツを着て推しに会いたい

不要不急の名のもとに、ライブもライブハウスも虫の息になってしまった。中止になったツアーのTシャツには、熱気も爆音も染みついていない、真っ新な状態で私の日常に溶け込むことが、悔しくてたまらない。

冒頭で今は耐える時だと大人になろうとしたが、本当は一刻も早くこんな生活は終わってほしい。推しに会いたい。