「私はあなたがどんな髪型でも、どんな服装でも、どんな体型でも、好きだよ。」
私がそう言ったら、
「それってつまり、俺のどこが好きなの?」
と返された。
完璧な答えが見つかれば、彼の不安も、私自身が感じている違和感も、取り除けたんだろうか。

きっかけは仕事だけど、気づけば心躍るほど好きになったジーンズ。

ジーンズが好きだ。
大学を中退した私は、伊勢丹新宿店のジーンズ売り場で働いた。
それまで私はパンツの魅力を知らず、ジーンズといえばコンビニでのアルバイト用に2本持っているだけだった。せっかく百貨店で第一希望にした婦人服売り場に採用されたのに、取り扱える品物がジーンズだったと、今思えば誠に失礼ながら、ショックを受けていた。

それでも不思議なもので、お客様に正しい情報を伝えるために取扱ブランドを勉強し、パンツのシルエットを学び、着こなしを覚えていくにつれ、私の部屋にジーンズが1本、もう1本と増えていった。
もともとお洋服が大好きだったけれど、3万円を超えるものを買ったことはなく、自分自身で初めて高額のお洋服を買うとき、それがジーンズになるとは想像もしなかった。
この色味、このシルエット、このポケット位置。
誰に伝わるでもないかもしれないのに、1本1本が特別で、ジーンズをはく日、私は心躍った。

私の「好き」を次々と変えようとする彼に、ついに言ってしまった一言

「元カノさ、洋服に全然興味がなくて。俺といる時にも平気でジーンズとかはいてた。」
付き合ったばかりの彼からそう言われた日。本気で反論するよりも、ただ彼の前では着なければいいと思った。

「君は、お化粧にあまり興味がないんだね。」
私の眉の形が好みでない彼にそう言われた日。私はコスメに興味があって、こだわって選んだアイシャドウとリップのカラーでまとめているけれど、眉の形は確かに特徴的だから、メイクに興味がないように思われるのか、と少しがっかりした。

「俺がやってあげる。」
私が眉の形を変えるまで洗面所から出させてもらえなかった日。この人が嫌いだ、と思ってしまった。
私は私の眉が好きだったのだ、と気づいた。私なりのこだわりだったのだ、と気づいた。アイデンティティだと思っていたのだ、と気づいた。

でも、自信がないから。誰に何を言われようと変えない、なんてことができない。

「私は私の好きなお洋服で、お化粧したくない日はせず、したい日にはして、大好きなアクセサリーを身につけて生きていたい。お洋服も、お化粧も、圧倒的に自分のためであってほしい。」
私がこんなことを言うなんて、彼はきっと思っていなかった。

「好きにすれば良い」の捉え方。それが難しい人もいる。

「じゃあ、着たい服がない人はどうすればいいの?本当に心から女性アナウンサーのようなファッションが好きな人はどうしたらいいの?顔の生毛を剃らない受付嬢がいたらどう思う?」
思ったよりも、彼は苦しそうだった。
初恋の女の子に振られた時に、「眉を整えた方がいいよ」と言われたのだと、泣きそうな顔をしていた。
「着たい服がなくても、自分で決めるしかないんだよ。誰を手本にするか自分で決めるしかないんだよ。女性アナウンサーのようなファッションが好きなら、それでいいじゃない。誰がどんな服装をしていても、マナーさえ守っていたなら、批判しないでほしいんだよ。」
私が言っていることは、もしかしたらものすごく他人行儀で、無関心なんだろうか。

「正解がないと、困るんだ。」
彼は悲しそうだった。私よりも悲しそうだった。

彼とは別れたのに。
私は結局、眉を剃り続けているし、デートにパンツスタイルを選ばなくなった。

一度否定されてしまった個性だと思っていた好きなものは、取り戻すのに時間がかかるみたいだ。