「サムネイルの顔が気持ち悪いです」。
このコメントは果たして、誹謗中傷だろうか。

YouTuberをしていてよくこんなことを言われる。「サムネイル」というのは動画を見る前に表示される、その動画のハイライトを切り取った一枚の画像、いわゆる表紙みたいなものだ。無数にある動画の中から自分の作品を見てもらうために、私たちYouTuberはより人の目を引く瞬間をサムネイルに設定する。

選ぶ基準は人によって様々だ。メイク後の可愛い自撮りだったり、むしろ「どう変身するのか」と視聴者が期待するような、盛れていないすっぴんだったり、ドッキリをかけられ驚いている瞬間だったり、ダイエット前後のビフォーアフターだったり。正解はない。

私は整形の動画をよく投稿するため、整形後のダウンタイムの顔をサムネイルにすることが多かった。顔がパンパンに腫れていたり、傷口を縫った糸の結び目がまだ生々しく肌から飛び出ているような状態だったり。その中でよく、「サムネイルが気持ち悪い」「サムネイルがブスすぎて不快だからモザイクを掛けろ」等々、よく意見を頂いた。

「気持ち悪い」「ブス」……これらの言葉自体は立派な誹謗中傷だが、文章全体を読むと、これはしっかりとした「意見」だと思っている。ごもっとも。確かにYouTubeは子どものユーザーもたくさんいるので、私はこの意見を受け止め、血が出ているものなどショッキングなものを設定することをやめた。

私たちは「意見」と「アンチ」の違いを、理解している

そもそもの私の信念に「整形は魔法ではない。汚いところを見せたい」というものがあったので、整形後の綺麗な画像にする気はなかった。だけど、意見を参考にし、今では YouTube的にも問題がないと判断される、ギリギリを攻めるようにしている。批判は必ずしもアンチではない。だからといって暴言ごと許されるとは思わないが、それに助けられることもある。しばしば誤解されるが、私たちは「意見」と「アンチ」の違いを、理解している。

YouTubeの低評価0は新規0の証拠。需要がなくなる一歩手前

さらに、私たちは反対意見がないと生きられない。この世の全ての人に好かれる人などいない。規模が大きくなるにつれ、自分を嫌いと感じる人がいるのは当然。周りが「好き」と言ってくれる人しかいないなら、それは規模が小さいことの表れだ。普通に生きる分には幸せでも、YouTuberとして生きるなら致命的なこと。YouTubeのコメント欄に「好き」しかなかったら。低評価数が0になったら。

私は焦る。焦りまくる。だって、新規の視聴者さんが入ってきていないということだから。今「好き」でいてくれる視聴者さんが一人ひとり飽きて離れていって、いつか「轟ちゃん」の需要は0になって、大好きな仕事が続けられなくなるであろう一歩目だと思うから。それなら多少厳しい言葉を言われようと、規模を大きくすることが大切なのだ。数を増やせばメンタルも安定し、収入も増えるので出来ることも増える。今までの視聴者さんも楽しませられるようになる。ある程度のマイナスの言葉を受けてでも、それよりも大きなプラスを得られることのほうが大切だ。

昔、低評価が少なくなり、焦ってアンチを煽ってしまったことがある。「アンチさんおいでませ」という文字を入れたサムネイル。アンチに外見に対するアドバイスをもらい、その次の動画で実践するという企画だった。「多少荒れはするかな」と思ってはいたものの、予想以上に荒れた。一番辛かったのは、その動画に対してだけではなく、その後に上げた関係のない動画まで一ヶ月ほど先まで嫌がらせコメントが続いたこと。もはやアドバイスではなく、私の人間性を否定したり、家族についてのデマ情報まで書かれたりした。煽った手前、厳しいアドバイスはもちろん覚悟していたが、まさか「私の態度が気に食わず動画と関係ないところの悪口にまで及ぶ」とは考えておらず、猛省した。

相手のことを想ってか、ストレス発散か、文字だけでも伝わる

しかし、しっかりとアドバイスをくれているコメントもたくさんあった。「ブス」「死んだらいいのに」等々ひどい言葉が並ぶ一方で、そのコメントは温かかった。厳しく顔の欠点について指摘をしても、その改善方法を自分なりに一生懸命書いてくれていることが伝わった。私の煽るような態度に対して、「もっとこう言ったら良かったと思う」と注意してくれた方もいた。ただただ暴言を吐くだけのコメントとは全く違った。相手のことを想って書いているか、それともストレスを発散したいだけなのか。その違いは文字だけでも十分に伝わった。実際、次に出した動画ではアドバイスのみをピックアップして実践し、「良くなった!」「こっちの方がいい」、「私はいつもの方が好き」等、たくさんの意見を頂いた。

「アンチじゃないんですけど」「これはあくまで意見なんですけど」という前置きでアンチコメントを書いてくる人も多いが、そんなのに全く意味はない。アンチはアンチだし意見は意見。こちらもその線引きはしっかりできているつもりだ。この無数の言葉が飛び交う世界で、常に戦っているのだから。

人を傷つける時間がもったいなくなるくらい、楽しいコンテンツを作りたい

自分の好きな人や言葉だけで世界を作りたいわけじゃない。それならYouTubeなどやらず、身内だけで楽しく毎日生きる。しかし私はこの世界を選んだ。毎日毎日誰かしらに暴言を吐かれ、粗探しをされ、外見を貶されるこの世界を。その苦しみを相殺できるほどこの世界が好きだから。いずれは根拠のある意見や議論を以って意見交換ができるような世界になればいいと思う。

アンチと呼ばれる人たちが「他人を傷つけたい」という気持ちの惨めさに気づくこと。間違いを犯した人間には平等に、法的に罰を与えられる世の中になること。一人ひとりが嫌いなものに対して攻撃するのではなく、棲み分けができるようになること。これが叶えられれば少しはその世界に近づく気がする。そのために私は、人が人を傷つける時間がもったいなくなるくらい、楽しいコンテンツを作り続けるインフルエンサーであり続けたい。