私は常に「正しい」人間でありたい。そう思っている節がどこかしらある。褒められたら謙遜する。友人とはなるべく喧嘩をせず仲良く。人に優しく。知らない誰かを含め、人と話す際には常に笑顔で。人前で心配をかけさせるようなことはしてはいけない…。挙げればキリがない。「正しく」生きていれば、いつかきっと「幸せ」になれる筈だと思っていた。
しかし、私には幸せだと心の底から感じられる瞬間がなかなか無い。今なお健在の両親がいて、勉強にも潤沢にお金を払ってもらい、習い事だってそこそこしていた。これだけで十分に恵まれている。その筈なのに、どうしようもなく孤独感や不安感、「幸せ」とは切り離されているような感覚に襲われる日々が続くことを何度か経験した。
なんて酷い人間なんだ、こんなのは人として「正しく」ない!私は絶望した。このままじゃこれから先に「幸せ」になんてなれない…。そうして私は「幸せ」に雁字搦めになっていった。
「正しく」生きていれば、「幸せ」になれる
正直なところ、こうやって「正しく」生きなくちゃと思うことが自分の心を苦しくさせているような、そんな実感はあった。謙遜のしすぎで私は自分の価値を信じられないし、人から嫌われることを極端に恐れて「正しい」言動をすることに縋っている。「正しく」あればきっと人から愛してもらえる、人からの評価がその人からの私に向けられた愛だと思っていたし、今もなおその考えは治っているわけではない。
よく笑う。明るくて元気。品行方正で優しい。人から評される度に、本当はそうじゃない、私の「中身」を知ったらきっと嫌いになると思ってしまう。「優しい人」と思われたいから、優しく接するのが人としての「正しさ」だろうと考えているから、にこやかに接しているだけであり、私にとってその人自身を大切に思っているかはまた別の話なのだ。悩みには延々と苦しみ続け、ポジティブというより寧ろネガティブ。品行方正に振る舞うことなんて怒られたくないからやっているだけ、という不純な動機しか持ち合わせていない。
人から評される自分と自分が認識している自分があまりにも対照的すぎる。嫌われなくても、嫌われても、どちらにせよ私にとっては茨の道に違いはなかった。
「正しく」生きていれば、「幸せ」になれる。私の「幸せ」な世界は、誰からも嫌われず、怒られることなく、愛を贈り合うことができる世界だった。なんて優しい世界。なんて現実からかけ離れたものだろうか。
「正しく」ありたいと願うくせに、正しい行動をしているわけではない
その上、「正しく」ありたいと願うくせに道徳的に正しい行動を常にしているかと言われたらそうでもない。他人に勝手に期待をして勝手に失望する。自分の思い通りにならないと心の内では平気で拗ねる。他人の境界線を軽々と跨ぎ、土足でずかずかと入り込んで困らせる。
最近で言えば精神的に弱った際、話を聞いてほしいと間接的に頼んだ挙句、「聞いてあげたい気持ちは山々だけど今はできないや〜」という返事に対して勝手にイラついていた。その上、イラついたからといって相手のSNSの投稿を1週間ほど全部無視して何も反応しなかった。相手の都合もあるだろうに完全にそれを無視して自分の都合のみを押し付け、小さな復讐までやってのけたわけだ。まさに、他人のテリトリーを踏み荒らした挙句、思い通りにならないことに拗ねていたわけである。
私はただの我儘な人間だ。それをしっかりと認識した日、私はこの世から消えてしまいたかった。
「正しく」生きる、よりは要領良くこなすことの方が重要に思える
この世は残念ながら平等ではない。「正しく」生きる、というよりは要領良くこなすことの方が重要なように私の世界からは見える。真面目に頑張ることを評価されるのは義務教育までのように感じるし、かと言って何もしないのも違う。程々に力を入れて、学業や仕事、趣味を両立させる。空気を読み、道徳的なことは置いておいて、置かれた環境から最適解を導き出す。
まるで海の波間を縫って泳ぐ魚のようだ。その美しい鱗は、海に差し込む太陽の光に照らされてキラキラと輝いている。彼らは泳ぐのだって早い。スイスイと進み、納得のできる結果を手にしている。
私は彼らのような魚にはなれなかった。塩分を過剰摂取して体内は少しずつ重くなっていく。塩辛い涙を流す。私は海の中で何とか周囲の魚に擬態しただけの淡水魚だ。
自分の美徳に相反する存在も全て受け入れられたら
清く正しく美しく。聞こえは良いけど、実際行動するにはとても難しい。己の醜さと対面した時に打ち勝つことは出来るのだろうか。少なくとも私は負けた。自分の愚かなところも醜いところも、やめよう忘れ去ってしまおうともがけばもがく程、逃がさないとでも言われているかのように思える。自分の中の美徳に相反する存在も全て受け入れられたら、本当の「幸せ」を手に入れられるのかもしれない。それがいつになるかは、今の私には全く見当もつかないが。