“回避依存症”という言葉がある。
主に恋愛において、深い信頼関係を築くのを避け、自ら幸せを遠ざけるという意味合いがあるらしい。干渉や束縛を嫌い、ライトな恋愛を楽しみたいだけの人というイメージを持つかもしれないが、その本質は自分の深い部分を知られることで相手に嫌われてしまうのが怖いという思いがあるんじゃないかと私は思う。

ダメンズとばかり付き合っていた私の前に現れた「神様のような彼」

お世辞にも、私はいい恋愛をしてこなかった。
付き合うのは俗にいう“ダメンズ”ばかり。癇癪持ちで暴力を振るう人もいたし、気分が乗らなければ例えデートの約束をしていても未読無視、後になって「寝てた」など分かり易い嘘を吐く人もいた。そんな人に別れ話をしようもんなら、ブロックで済まされ自然消滅。暴力を振るう相手とは、警察沙汰になって別れたこともある。その度私はわんわん泣いたし、友人達から「男を見る目がない」と言われ続けていた。

そんな私が神様のような彼と出会った。誠実で優しくて、常に私を尊重してくれる、それこそ今まで付き合ってきた彼達と真逆の人だった。初デートでは映画館のプレミアムシートを取ってくれ、銀座で美味しいお寿司をご馳走になり、帰り際さりげなくタクシーを呼んでくれていたのには感動した。クリスマスには、夜景が綺麗なお洒落なレストランでプレゼントをくれた。会えない日が続き、久しぶりに会えたのにソファーで爆睡してしまった私に「顔が見れただけで満足だよ」と言って1時間弱の距離を車で送ってくれもした。

愛される恋愛は素晴らしいものだ。心に余裕がある彼に何度助けられたか分からない。

しかし、付き合いが長くなるにつれてふと違和感を覚えた。これは私を含め誰にでもいえる事だと思うが、人をひたむきに好きになると自分の中に相手の理想ができてしまう。

例えば「この子はふんわりしていて優しいからタバコを吸うはずがない、品のある言葉しか使わない」「この人は男らしいからみっともなく泣きじゃくることはしないよね」などだ。悪く言えば思い込みの決めつけだ。一歩間違えば、愛情の押し付けになってしまう。

真っ直ぐ一途に盲目的ともいえるほど私を愛してくれる彼の中に、私に対するそんな理想を見てしまった。勿論その場で「違うよ本当の私はね…」と訂正すればいいだけだった。だが私は「彼をがっかりさせたくない」という思いが先立って、嫌われたくないばかりに彼の理想に合わせようとしてしまったのだ。

好きな相手に嫌われることが怖くて「自分」を押し殺していた…

すると段々と自然体でいられなくなり、勝手に始めた独り相撲に疲れてしまう。そして、些細な事でげんなりすることが増えた。それは彼のちょっとした言動だったり、普段は気にならないはずの無頓着な格好だったり…そうすれば悲しい事に、本当に悲しい事に、日々恋愛感情が薄れてしまうのだ。気付けば手を繋ぐのにも嫌気がさしていた。

それからは悩ましい日々だった。彼ははたから見ても魅力的な人なのだ。製薬会社を営む裕福な家庭で育ち、自らも薬局を持っているお堅い仕事の人だった。真面目で滅多に怒らず、子ども好きでとても心優しい。そんな彼と結婚すれば、私は女としての幸せを手に入れることができるだろう。彼のことは人として尊敬しているし、人として大好きだから一緒にいられない訳じゃない。だが恋愛感情をなくした相手と付き合っていけるのか、でもこの先これ以上の人に出会えることはないだろうし…と悩む毎日だった。

それに別れ話をするのも辛かった。彼からすれば自分に一切非はないのに、尽くした彼女に突然振られてしまうのだ。素敵な人だったからこそ、並々ならぬ罪悪感に襲われて、いっそ彼から振ってくれないかなと身勝手なことを思ったりもした。

悩む日々が続いていたある日、私はふと気付く。
世間一般でいわれる幸せと自分自身の幸せは、決して同じとは限らないんじゃないか。

私は自分を好きでいてくれる相手に嫌われることが心底怖い。冒頭で記した回避依存症なのではないかと思う。今までダメンズとばかり付き合ってきたのは、彼等と過ごすことが“楽”だったからだ。自己中な彼等は、決して彼女に無理な理想を押し付けない。自分を飾らずに付き合えることが心地よかったのだ。勿論それ以上に痛い目を見る羽目になるから、ダメンズはもう懲り懲りだけれども。

私にとっての幸せとは、安定した結婚生活よりも自分が自然体でいられる相手のそばにいることではないのか。

自分の幸せは、自分にしか決められない。そう考えた時、いくら素敵な人であっても恋愛感情がないならばダメだなと思った。関係を続けたところで今後も彼の理想に合わせてしまい、本当の自分を全て曝け出せる気がしなかった。

そうして、私は別れを決意した。彼は「気持ちの問題は仕方がない。困らせたくないからごねないよ」と言ってくれた。最後まで素敵な人だった。

最後まで素敵な人だったからこそ、後悔は一切ないと言えば嘘になる。自分でももったいないことをしたよなぁと未だに思う。でも、別れていなかったらもっと後悔していただろう。これだけは断言できるから私の心は晴れやかなのだ。

自分を大切にできなければ、求める幸せに決して辿り着けないだろう

何かを決断する時は、後悔のないようにとよくいうが、悩んでいる時点で後悔のない決断など存在しないと思う。どちらに転んでも結局後悔するのだ。別の選択肢を選んでいたらどうなったのかな…と頭をよぎらないことは稀だ。

だからこそ、何かに悩む時は「どちらを取れば後悔が少ないか」ということを真剣に考えて答えを出してほしい。

そして、自分自身と精一杯向き合ってほしい。自分の気持ちを無理に押し込めて、我慢を重ねていつか爆発してしまえば本末転倒だ。自分自身を尊重することは、自分を大切にするということだ。自分を大切にできなければ求める幸せに決して辿り着けないだろう。そう思えば、私はこれでよかったのだと楽になれた。彼には彼を愛してくれる女性が必ず現れるはずだ。

まぁ反省点は多いから、これからは付き合いが深まる前に相手の前でスパスパたばこを吸ってお酒を沢山飲み、大声で笑うことにする。相手も私の前では飾らずにいてほしい。そんな私を丸ごと愛してくれる人に出会えればいいなと思いながら生きている。