長年の私のチャームポイントが、あることをきっかけに、コンプレックスとなった。

欠点とは感じなかった。私を覚えてもらうキッカケになる八重歯

私には、立派な4本の「八重歯」がある。
友達が描いてくれた似顔絵には必ず尖った歯が描かれるし、
似ていると言われる芸能人は、みんな八重歯があった。
絵の中で誇張される八重歯は、アニメキャラのようで可愛く、
アイドルや女優に似ていると言われると、とても嬉しかった。
八重歯は、間違いなく私のチャームポイントになっていた。

そんな私は、大学を卒業して、営業職に就いた。
初めて会う部署の上司からは
「○○っていう昭和のアイドルに似てるね!」と言われ、
そこから会話を始めることができ、スムーズに部署に馴染むことができた。
八重歯があると、口の中を傷つけてしまったり、歯磨きがしにくかったり。
不便なことはあるけれど、私を覚えてもらうキッカケになる八重歯を、欠点と感じたことはない。

真っ白で一列に整列した先輩の歯を見ると、一層恥ずかしくて

数日後、会社の美人でサバサバした憧れの先輩とランチをすることに。
おしゃれな店内で食事が運ばれるのを待っていると、先輩の視線は私の口元に向けられていた。
そして先輩はこう言った。
「歯、矯正しないの?」
「海外とか好きならしたほうがいいんじゃない?」
「口臭の原因にもなるよ」
その時「ああ、私のチャームポイントは矯正するべき、恥ずべきものなんだ」と自覚した。
先輩は私の笑った口元をスマホで撮影してくれた。
正面から。そして、横からも。
まじまじと自分の口元を見たことがなかったけれども、
改めて見ると、驚いた。
異常に尖った犬歯は、歯列から飛び出して他の歯の並びをも妨害している。
八重歯が邪魔して歯ブラシが届いていない部分があるのか、
黄ばんだ歯も目についた。
そんな醜い歯を矯正していないというのは、矯正するお金がない貧乏ですと
公言しているように感じた。
目の前の、真っ白で一列に整列した先輩の歯を見ると、
より一層恥ずかしくて堪らなかった。
そのあとに運ばれてきた料理の味は、なにも感じられなかった。
頭にあるのはただ一つ、早く歯列矯正しなきゃ、それだけ。

善でも悪でもなく。相反する思いが複雑に絡み合うコンプレックス

この日を境に、自分の歯に対する視線が必要以上に気になり、
笑う時は歯が見えないように努めた。
かつてのチャームポイントは、他人の視線を過剰に気にして
生きにくくさせる、コンプレックスとなっていたのだ。
いや、自分への劣等感を感じるだけなら、まだ良かったのかもしれない。
八重歯というコンプレックスは、他人を不当に評価するきっかけにも
なってしまった。
「あの子は歯並びが良いから素敵」「あの人は歯並びが悪いからダメだ」
このままでは、八重歯が私に抱かせるコンプレックスのせいで、
歪んだ対人関係を生み出し、他人を傷つけてしまうかもしれない。
ふいに、そんな危機感を感じた。

日本では、コンプレックス=劣等感だが、元の英語である
「complex(コンプレックス)」にはネガティブな意味も
ポジティブな意味も存在しない。
コンプレックスとは、無意識のうちに様々な想いが混じりあって
複雑に形成されたものを指す。
私の八重歯がチャームポイントでもある事実は変わらないが、
恥ずかしい欠点に感じてしまう瞬間もある。
相反する思いが複雑に絡み合う「八重歯」は、善でも悪でもなく、
まさしくコンプレックスだ。