「お父さん、また遅いて怒ってるで」
母から届くメール。また怒ってるんか……。

門限を過ぎると父は、私を大声で叱ります。その瞬間が本当に嫌でした

それは私が18歳、短大に入学し、アパレルショップでアルバイトをし始め、人生初の彼氏が出来た時から始まりました。

初めての彼氏。全てが初めて。手を繋ぐのも、デートするのも、お泊まりも。
毎日がそれはそれは楽しかったです。
ただ、父だけは彼とのデートで帰りが遅くなることをよく思っていませんでした。

私には門限があり、夜の10時には帰らないといけない決まりでしたが、ついつい過ぎることも少なくありませんでした。
すると決まって父は、帰ってきた私を大声で叱りつけます。
私はその瞬間が本当に嫌でした。うるさいし、すごい剣幕で怒るからです。
(18歳やねんから、門限せめて12時が普通じゃないん?)いつもそう思っていました。

そして、それから7年の月日が流れ、私は25歳になっていました。
最初の彼、2人目の彼ともお別れし、3人目の彼氏が出来ました。後に夫となる人でした。
門限を過ぎて父に怒られていたのはもう7年も前のこと………ではありません。
この時も、まだ父のお叱りは続いていました。

社会人になっても、私の「ふつう」は父には届きませんでした

25歳で社会人でしたが、門限は12時でした。(18歳の時の願いがこの歳でやっと叶いました。笑)ですが、お泊りは禁止、行くのなら相手の名前、電話番号、住所を伝えるシステム(彼氏は名前など伝えてもお泊り禁止)になってしまい、何故か昔より厳しさを増していました。

同僚や友達にこのことを言うと決まって驚かれます。
「え!まだ門限あるん!?」
「名前と電話番号、住所て…すごいな」と。
彼氏と旅行に行きたいがために、友達に名前と電話番号と住所を借りることもしばしばありました。
私は父に叱られる度、何度も言いました。

「社会人として働いてるねんから、門限なんかないのがふつうやろ!うちはおかしい!!」
そう反発すると、
「結婚前の娘を夜に遊び歩かせる親がどこにおるねん!そんな奴おるんやったら連れて来い!!」
なにを言ってもムダでした。私の「ふつう」は父には届きませんでした。

その後、結婚し私が家を出るその日まで門限やお泊りの制限は続きました。

やっと理解できた。ただただ私が心配だった、それだけのことでした

そこからしばらく経ち、結婚式を控え家族への手紙の内容を考えていた時に、あの時の父を思い出しました。
父が激昂している最中に「お前が心配なんや!!」とたった一度だけ、私に言ったことがありました。
それまで私は彼氏と一秒でも長く一緒にいることだけに執着するお惚気娘で、親の気持ちを考えたことがありませんでした。

しかし結婚し、次は自分が親になる立場に立った時、父の気持ちがやっと理解できました。
ただただ私が心配だった、たったそれだけのことだったのです。
そのひとつの理由だけで、7年間同じことで私を叱っていたのです。

私がふつうと言って、門限の無い他人を羨み比べている時も、父は社会人だから、大人だからという理由で門限を撤廃せず、むしろ不器用な父なりに私を守るための愛をくれていたのだと気がつきました。

ふつうはといって人と比べていた私と、7年間周りの意見に左右されず、門限と私を叱ることを諦めなかった父。

ふつうかどうか、そんなことより大切なものは、誰かと比べたりしないこと。
比べてプラスに働くことなんて、あんまりない。

今も実家暮らしの姉の帰りを心配し続けているふつうの枠に囚われない父。
根は優しい頑固ジジイ。長生きしてくれや。