夢を叶えたい!その熱だけが、私を突き動かす原動力だった。
大学3年生、21歳の12月16日の午前3時。ブラック企業での大学生をしながらの社員勤務に疲れ果てた私は、心身ともにヘロヘロになって会社を辞めた直後だった。
二足の草鞋生活を辞めた大学3年の冬。さて、この先どうしよう
いやいや、大学3年生で社員ってどういうこと?というツッコミが聞こえてくる。実は私は、不登校の経験から、教育業界をビジネスで変える!という夢を追っていた。大学1年生から関西の教育系のベンチャー企業でインターンを開始し、大学3年生で社員契約に変更。大学生と社会人という二足草鞋を履く生活を2年間強続けていたのだ。
ただ毎日深夜の2時3時まで働き続ける生活はそこまで長く続かず。私は社員契約を開始して約1年で、「退社」という大きな挫折を味わうことになっていた。
残り、大学4年の1年間をどうやって過ごそうか。「普通」なら、最後の1年、大学生らしくキラキラ過ごすのだろうか。
大学1年生からインターンを初めて、徹夜で仕事をして昼間は大学に通う生活。みんなが言う「普通の」学生生活は楽しめなかった。最後の1年くらい、楽しんでも良いのだろうか。
挫折とは新しい挑戦のステージを選べるとき。私は上京を決意した
そんなことを、当時住んでいた淀川のそばのマンションの一室でゴロゴロしながら考えていた。これからどうしよう。
空が白んできた明け方、私の心は決まっていた。
よし。東京に行こう。
今私は挑戦し、挫折した。人は挫折したとき、新しい挑戦のステージを選べる。より上のステージを目指すか、少し安泰なステージを選ぶか。
私には夢がある。不登校の経験で感じた、「この国の教育の負」を解消する。そのために、自走可能で社会への影響力のあるビジネスという手段を利用し新しい教育サービスを作る。
その夢を叶えたい。だとしたら新しい道はどっちにするべきか?
決まっている。最先端が集まる東京に行って、もっと上のステージで挑戦をする!
こうして私は大学4年生、東京のスタートアップベンチャーに入社し、月に2~3回関西に帰り卒論を書くという生活を送ることになった。
「普通じゃない」と言われても、私は夢に向かって大きな前進を続けたい
一度失敗した「大学生と社会人」という二足草鞋、それをまた履くことを選んで、大学4年生から関わり始めた教育サービスは1年で国内ユーザー20万人まで成長を遂げた。
今私は、無事に学生を卒業して引き続き同企業に所属している。私の夢は変わらない。「ビジネスの力で、この国の教育を変える」。
普通、とは何だろうか。その基準がどこにあるのか私には分からない。ただ私は、そんな「普通」に囚われず、自分の夢を真摯に追いたいと思っている。
大学生で社員になったとき、徹夜で仕事をして朝イチで大学に行く生活を送ったとき、関西の大学と行き来しながら東京の企業で働くと決めたとき、卒論を書きながら新しいビジネスの世界に挑戦すると決めたとき、周囲に言われた。「普通じゃないよ」と。
当たり前だ。だって私の夢は、未知のエネルギーがないと達成できないから。
今日も私は、自分の夢に向かって、常に大きな前進を続けるのみだ。