よくよく考えてみたが、私は「感性」と言えるほどお上品な感覚は持ち合わせていない気がする。

道端に咲いている花を美しいとうっとり愛でるような、道を歩く親子の後ろ姿を見て自分の将来の行く末を思うような。そういう、素敵で、温かな感性は私にはまだない。

色んな物を「面白がれる」という個性

しかし今までの短い私の人生を彩り豊かにしてきてくれたのは、「面白がれる」という一つの視点かも知れないと思う。

この“面白がれる”と言うのは、実用的で、非常にパワーのある個性だ。
悲劇を、喜劇に変える力がある。私は今まで、この身に降りかかった様々な不運を、笑い飛ばすことで喜劇に変えてきたし、同時に、今まで出会ってきた人々の色々な“面白さ”を発見することで、より深い関係を築くことができた。

私にその視点を教えてくれたのは、フィリピン人のシェザという友人だった。

彼女は、初めて出会った時から変わっていた。Tシャツにジーパンにビーチサンダルというラフな服装。化粧気のない顔。トレードマークのレイバンの大きなサングラス。肩まである緑色のスパイラルパーマの髪。彼女は、他のどんな男友達よりも、がに股で、男らしくかっこよく歩いた。

私たちは、初めて出会ったその瞬間からケミストリーを感じていた。
私が当時通っていたフィリピンの語学学校の中で、女性で煙草を吸うのは、私とシェザくらいのものだったし、お互いどこか物事を俯瞰的に見ている性格でもあった。
盛り上がる友人たちの中にいても、少し距離を置いて、小さく笑っているような私たちは、すぐにお互いのことが分かった。

シェザは、話し始めると止まらない。所謂、マシンガントークというやつだ。平気で、一時間や、二時間だって喋っていられる。そのせいで、彼女を敬遠する日本人の生徒も多かった。

まるで短編の映画が流れ出すような、彼女の話が大好きだった

しかし私は、彼女の話を聞いているのが面白くて仕方がなかった。

彼女は、幼い頃ADHDと診断された。彼女が言うにはそのせいか、全てを説明しきるまで止まることができず、また日常の一瞬を、とても鮮明に記憶できることがあるらしい。

確かにその通り、彼女の話は異常に細部まで細かく、状況を説明するだけで非常に多くの時間を使う。

例えば、「路上で車が故障したの。去年の11月の26日の16時23分のことだった。恋人のリリーは車の窓に肘をついて外を眺めていた。その時、彼女のつけていた逆三角形の大きなイヤリングが揺れていて…」などのように、まるで写真を見ながら、右から左に写っているものを言いあげるように、どこまでも明瞭に記憶しているのだ。

私はシェザのその話し方が大好きだった。彼女の言葉を一つ一つ拾って、頭の中で想像すると、まるで短編の映画が流れ出すようだったからだ。
ある日、シェザはまたもや自分の奇妙な体験を話し出した。その話は、今も私の頭に、鮮烈な印象として残っている。
シェザは、夢遊病を患っていた。よくテレビなんかで特集されるように、夜眠っているうちに家の中を歩き回ったり、無意識のうちに冷蔵庫を開けて物を食べたりする病だ。
彼女はおよそ6歳くらいの時からその症状に悩まされていたのだけれど、恋人のリリーができてから、この頃は落ち着いてきていた。それでも強いストレスを感じたりすると、時たま起き上がり、歩きまわることがあった。
リリーは、シェザを二段ベッドの上に寝かせ、梯に鈴をつけた。シェザが夜中に梯を下りれば、すぐに気づいて、止められるように。
ある日二人は友人らと共に、自宅でパーティーをした。会は非常に盛り上がった。皆しこたま酒を飲み、夜が明ける頃には誰も起きてはいられなかった。

朝日が顔を掠める頃に、リリーはハッと目を覚ました。すぐに飛び起きて、二段ベッドの上を確認すると、シェザがいない。彼女もその日飲み過ぎていて、鈴の音に気が付かなかったのだ。
「シェザー!」と大きな声を出してトイレや、クローゼットを探し回るが、シェザは見つからない。
最終的にリリーがシェザを発見したのは、キッチンのコンロの前だった。シェザは、大きな寸胴鍋の前に体を丸め込むようにして横たわっていた。

リリーがすぐに駆け付け、シェザを揺り起こす。どこか異常がないか、怪我をしていないか、体の至るところを確認したが、傷はなかったのでほっとした。
シェザが目を覚ました後、二人には「シェザは何故キッチンにいたのか」という疑問が残った。
シェザは身を乗り出して話に聞き入る私に、その後のことをこう話した。
「皆が起き始めて、びっくりしたのさ。コンロの上に、まだ温かいマカロニスープがある。誰が作ったんだ。って大騒ぎになったんだよ。でも、パーティーに参加した10人の誰も、“そんなのは知らない。”って言う。それで私の服に、よく見たら胡椒やコンソメがくっついていたのさ。それが証拠になった。つまり、そのマカロニスープは私が寝ているうちに作ったものだってこと」
シェザと、私はそこで大爆笑した。
「しかも、そのスープは最高に美味かった。“Good job”だよ。本当に」

彼女は人の心の柔らかい部分を、いつだって先に感じ取ってくれる

シェザの左腕には、手首から肘に掛けて、夥しい数の傷がある。それは、眠っている間に彼女が、自傷行為に走るからだった。6歳ごろから共に暮らし始めた実の叔父と叔母に、酷い虐待を受けてから、彼女のその行為は始まった。リリーは、そんなシェザを酷く心配していた。
「寝ているうちに、めちゃくちゃ上手いマカロニスープを作っていたこともある。8歳の時なんか、毎晩叔父の靴の中に、飼っていた犬のフンを入れてたこともあったのさ。本当、人生は面白くて堪んないよ」
彼女は、そういう強さを持った人間だった。自分を面白がることで、様々なことを乗り越えてきたのだ。

だから彼女は、私のおかしなところも、面白がってくれたし、辛かった出来事を、私が懸命に笑飛ばそうとしているのを感じ取ると、先に大きな声で笑ってくれた。
“ねえ、その話、最高に面白いじゃん”
見方を変えれば、悲劇も喜劇。どんなことも、最後には笑い飛ばせるような、そんな強さを合わせ持った感性を、私はこれからも大事にしていきたいと思う。