「じゃあ、いつ別れるか決めて」
彼はそう言った。
…いつ別れるか。
確かに「早く別れるべきだ」と言った友達は数多くいた。実際自分も別れたほうが幸せになれることくらい、随分前から分かってた。
でも、できなかった、しなかった。なぜなら彼が私の初めての彼氏であり、好きであったかはどうであれ、5年以上も付き合っていたからだった。

その5年のうち、本当に彼を好きだったのは最初の2年半くらいだったのではないか、と今なら思う。そう、最後の2年半なんて情だけで付き合っていたと言っても過言ではない。「あそこに行こう」「あれをしよう」そんな約束があったから、「あんなことしたな」「こんな所にも行ったな」そんな思い出があったから、別れられずにいた。最初の彼氏と5年も続いてしまったら、なかなか自分から別れようなんて言えなかった。

5年も付き合ったのに、私に素の彼を見せていたのかも分からない。趣味も違えば、価値観も違って、電話をしても10分しかもたなかった。週に1回するかしないかの程度なのに。はっきり言って、彼と付き合っているのはつまらなかった。

再会した友人と2人きりで遊ぶことにためらいつつ、距離は一気に縮まって

そんなときだった。別れたいのに、なかなか別れる勇気もない、もどかしい時期に、私はある友人と再会した。
彼は友人とすら呼べないくらいの関係だったけど、ある日突然向こうが連絡をしてきたのだ。
「今度会いに行ってもいいかな?他のみんなにも会いたいし」そう言って、彼は次の週には、私と、共通の友人に会いに訪ねてきた。
彼に会うのは久しぶりだったけれど、私たちは楽しい時間を過ごした。帰りがけ、彼は私たちに「今度は俺の住む街に遊びにおいで、楽しい場所だから」と誘って帰った。

早速私たちは、遊びに行く計画を立てた。次の週は3連休だったために、ちょうどみんな揃って遊びに行けそうだったのだ。それなのに、突然他の友人は、「ごめん、やっぱり行けないや。やることが終わらなくて」と断った。
私は正直、彼と遊ぶことよりも、その街へ出かけることにわくわくしていた。しかし、彼氏ではない男の子と2人きりで遊ぶことにもためらいを感じていた。どうするべきか悩んだ挙句、私は彼に会いに行くことにしたのだった。

当日、車を持っていなかった私を、彼はわざわざ迎えに来て、その道中、私たちは沢山の話をした。幼少期や、将来の夢、悩みなど、真剣な話もしていくうちに、私は彼という人間に、あっという間に興味を抱いた。面白い人だと思った。真面目な人だと感じた。
そして、たった2時間で、私たちは友人以下から親友とも呼べるほど、距離が一気に縮まった。

「次に会うまでに彼氏と別れる」彼は壁に油性ペンで書いた

もちろん、私は彼に自分の彼氏の話もした。別れるか迷っていること。だけど、勇気がないことも。そして彼は簡単に、「彼との未来は見えていないんでしょ?じゃあ、いつ別れるか決めて」と言ってきた。

…いつ別れるか。
初めてだった。別れる日を決めろと提案してくる人なんて。
散々、別れるべきだと周りから言われても、言い訳を並べて避けてきたのに、別れる日を決めろと言われた瞬間に、自分の頭の中では、別れをどう切り出そうか、具体的なことまで考えていた。

それでも、やっと口にしたのは、「…半年くらい?」と曖昧で、彼はそれに対して、「彼との未来が少しでも見えているなら、構わないけど、そうじゃないなら、もう少し早いほうがいい」ともっともなことを言ってきた。

私は、勢いで、「じゃあ、次あなたに会うまでには別れとくよ」と適当な返事をした。まさか、それが翌週になるなんて思いもせずに。
彼は何を思ったか、油性のペンで、「次に会うまでに彼氏と別れる」と壁に書いた。彼は、もともと大事なことは壁に書くという、変わった習慣を持っていたのだが、これには流石に驚いた。
と同時に、壁に書かれた字を見ると、一気に現実味が増して、自分が別れる決意をしたことにリアルさを覚えた。

「いつ別れるか決めて」そう言った彼と思いがけない関係に

1週間後、私は本当に5年付き合った彼氏と別れていた。別れるとき、私たちは初めて10分以上の長い電話をしたのだが、彼はその際も一言も発さなかった。直後に送られてきた長文のメッセージには怒りと憎しみが込められており、5年間の感謝や別れに対する悲しさは窺えなかった。
別れて正解だったんだ、と悟った私の心は晴れ晴れとしていた。

そして、それから3年経った現在、私は親友になった彼と婚約をした。

彼氏と別れて以来、彼とは沢山遊び、支えあい、楽しい時間を共有して、お互いに惹かれ合うまでに、長くはかからなかったのだ。
「いつ別れるか決めて」そう言った彼と私が運命の相手だったとは、その時は想像もしなかった。
人生には思いがけないことが起き、それは思いがけない人からの、思いがけない言葉から始まったりもするようだ。時には、何も考えず、直感を信じて、勢いに任せてみるのも必要なのかもしれない。