22歳の春、その時はあんな奴と出会うとは思っていなかった。
 高校を卒業して都会の大学に一度は足を踏み入れ楽しんでいたのにも関わらず、家庭の重圧に負けてなのか志がないまま気づけば中退していた。そしてこの春、雪国の大学の医学部に入学が決まり、やってきた。
 周りはきっと優秀で中高生の頃から沢山勉強をして目標も高い人ばかりなのもわかっていた。それに医者を目指す人は中々変わり者も多く、将来医者というブランドに鼻高々としてる奴が多いと言う偏見もあった。どうせ自分も年齢と職業で主に価値を決められる、そんな風に斜に構えていたのかもしれない。これは医者家系に生まれ、小さい頃から色んな医者を見てきたことによるものなのだろう。だから何も期待などしていなかった。合わなかったら辞めてやるそんな風に思っていた。

1%の望みがあるならと懇願され入ったサークルで、奴に出会った

 入ってしばらくすると、大学生活におなじみのサークル勧誘という時期がやってきた。どうせ田舎に来たなら美味しいお酒を笑って飲める所に所属してやろう、そう思った。
 中高とバドミントン部だった私は、心の中の99%はそれ以外にしようと決めていた。しかし、偶然出会ったクラスの女性に、1%の望みがあるなら一緒にバドミントンサークルに入ってくれと懇願された。知りもしない私をやたらと頼ろうとしてくれたので、一緒に入ってみることにした。
 ここに入らなければ奴と出会うことは二度となかったのだから、もはや彼女はキューピッドと言っても過言ではない。詳しい奴との最初の出会いは全く記憶にないのだが、奴はいつの間にかサークルに来れば何故か私にだけ近づいてくるようになっていた。
 ここで奴の基本情報をあげておく。
 18歳、色白の端正な顔立ちの専門学生、1時間近くかけて実家からの電車通学、極度の人見知り、女性とは話さない、すぐに心の壁を作る、普段は脱力感満載のくせにバドミントンだけは万能、やたら現実的。こんな感じの男なもんだから、お酒を飲んでは笑い日常を誤魔化している私のような人間に話しかけてくることが不思議でならなかった。
 そんな不思議な奴との出会いから、雪国での大学生活は幕を開けた。そこから次第によく連絡を取り合う姉弟的な関係になっていった。
 奴が毎日1人で黙々と壁打ちをしていた朝練に呼びだされたり、飲み会で酔っ払えば電話をかけたりした。構いたい構われたいそんな関係だった。今思えば周りから見れば異質な関係だったとは思う。

なぜか慕ってくる人見知りの奴と、付き合ってもおかしくない関係に

 私は先輩よりも年が上で入学したため、周りは少し関係性に戸惑っていたりした中、なぜあの人見知りの男があんなにこの私を慕ってるのか…誰もが不思議に思ったことだろう。
 ある時私は奴に尋ねた。
「なんで他の人には近付きもしないのに私には話しかけられるの?」
「うーん、なんだろね空気かなぁ~。あと4歳なんて対して変わらないよ~。俺はそう思う~」
「ふーん、そっか」
 その時はそれで終わった。
 程なくして試験の時期がやってきた。
 奴はバドミントンで昔国体に出る程にストイックなだけあって、全ての試験を一生懸命にやる。いわゆる私とは真逆なタイプである。
 当の私は蓋を開けてみれば再試験祭りであった。同じ学部の周りはみんな頑張れと言うが心の中ではこいつは本当にどうしようもないなと思っていたと思う。
 そんな時電話がかかってきた。奴だった。
「おはよ~勉強してますか~?東京のお嬢さん」
「なんかさぁ何もやる気起きなくて。私、道間違えたと思うやめようかな」
「思うけどその道にさ~、何歳でもどんな理由でも行こうと思って入れただけで凄いと思うよ俺は。俺まず行こうと思わないしさ~。頑張っても入れないもん。やってみて無理ならその時はその時さ~。俺なんてバドミントン以外なーんもない」
 奴はそう言った。初めてそんな言葉をかけられた。自分がすごいなんて思ったことは一度もない。でも不思議と肩の荷が急に降りた。結局奴のおかげもあって無事に進級した。
 毎年同じような会話をして3年が経った。
 私は25歳、奴は21歳。もはや今までに付き合っててもおかしくはない関係だと周りにも言われていた。どちらかが言い出せばきっと発展するのだろうが、2人でどこかに行く雰囲気でもなかったし、お互いにこの関係がとても心地よかったのだと思う。

「寒いからくれば?」。そう言うと口元をニヤッとして横に座った

 そんな大学3年目の春にサークルの合宿があった。
 夜の宴会も終わって部屋に戻ると奴から連絡があった。
「寝れない~、暇なら広間であったまろ~」
 まるで人懐こい猫。
「うんいいよ」
 そう送った。広間に行ったらまだ奴はきていなかった。灯油ストーブの前で1人で座って暖まっていると襖が開いた。「おつ~」。奴はそういうと、ストーブから遠く離れたところに座り、こっちをじっと見ていた。まるで本当に呼ばれるのを待ってる猫であった。
「寒いからくれば?」
 そう言うと、口元をニヤッとしながらやってきた。腕が触れ合いながら2人でストーブの前に座った。30分は一緒にいたが、具体的な話の記憶はない。でも今まで奴に感じたことのない複雑な感情と、この時間が続けばいいのに、そんな思いが生まれた。
 奴も奴なりに何か感じていたのだろう。それからはより頻繁にお互いに電話をするようになった。そして前よりも電話を待っている自分がいた。

感情が溢れて私から告白。関係性の変化にお互い戸惑う

 ある夜、飲んだ後に電話がきたので、つい私の感情が溢れてしまった。
「電話を待ってる自分がいるの。私好きなんだと思う。」
「………」
「聞いてる?ちゃんと返事はしてね、後ででも」
「うん…おやすみ」
 電話は切れた。そこから何日も連絡はなかった。関係は自然消滅、そう思った。
 1週間後に相談した子の後押しもあって、奴は呼び出してきた。
 初めての経験で戸惑ってしまったけど、嬉しかったんだと言った。付き合うことになった。急な男らしい返答と関係性の変化に、そこから私は前のように素直に頼れなくなってしまった。
 勿論デートを重ねたり、家で過ごしたりもした。でもやっぱり4ヶ月した頃、元に戻ろう、そう言われてしまった。悲しかったけど、不器用な奴の頑張りに答えられなかった後悔と昔に戻りたい自分の狭間にいた。
 すっと懐に入ってきてはすっと消えてく猫の様な奴。あれほどに淡くも甘く揺れるような恋はきっともう二度とない。