アボカドのしっとりした皮に包丁の刃を這わせ、半分に割ると、きれいなグリーンが広がった。
当たりだ。
こういうときわたしは、ひっそりうれしい。
大きな種を取り除いたアボカドをていねいにつぶして、少し焦げたトーストの上に乗せる。岩塩とこしょうで味つけし、コーヒーとともにテーブルへ運んだ。ギンガムチェックのテーブルクロスがまぶしい。
今日は結婚式。
わたしは参列するだけだけど、人生で初めての結婚式。

「おれ、結婚すると思う」
唐突に彼が言ったのは、去年の夏、大阪で一緒にたこ焼きを食べているときだった。
高校の同級生である彼は大学を卒業した後、就職し大阪へ引っ越した。学生のときにくらべて会う頻度はぐっと減りはしたものの、お互い東京か大阪に来たら必ず予定を合わせてどこかへ出かけていた。

とにかく気が合う彼。一緒ならどんなくだらないこともできた

高校一年生のとき、たまたま席が隣になって話すようになってから、わたしたちは急接近した。
彼はサッカー部で、わたしは吹奏楽部。練習が終わる時間が被ると、帰りに寄り道してしょっちゅうアイスクリームを賭けた。
彼は不思議な顔立ちをしていた。正直、ハンサムとは言えない。目はあずきみたいに素朴だし、まゆ毛も伸びたい放題。背もとくべつ高くないし、惹かれる容姿ではなかった。
でも彼とはとにかく気があった。今思うとおそろしくくだらないことも彼とならできてしまった。
お互いに恋人ができて、四人で遊園地へ行ったこともある。なんだかこそばゆくて、でも楽しくて、わたしたちはともに、きらきらした瞬間を重ねていった。
そんな彼が結婚するという。

「これ、見ろよ。懐かしいだろう」
昨夜、そんな言葉と一緒に、彼は一枚の写真をよこしてきた。
それは、高校時代、一日だけ学校をずる休みして行った無人駅の写真だった。
なんだか悪いことがしたくて、学校を抜け出して下りの電車に乗った。適当に降りた駅には誰も、なにもなくて、罪悪感すら覚えられないくらいのどかな景色が広がっていた。
「懐かしい!この後怒られたよね~」
さくさくと文字を打ち、フウ、とため息をついた。

友情よりもほんのすこしだけ高い温度のうすい被膜におおわれた感情

わたしは覚えている。
駅からしばらく歩いて見つけた原っぱにふたり寝ころんだとき、彼がわたしに向けた視線。
そして高校を卒業し、一人暮らしを始めた彼の家に行ったとき、酔ったわたしがふざけて彼の耳を引っぱった瞬間の、そのかすかな熱。
それが友情よりもほんのすこしだけ高い温度の、うすい皮膜におおわれていたことに、わたしは気づいていた。
そしてそんなとき、わたしが必死で守り続けていた何かが消えそうになっていたことにも。

けれどわたしたちは、決してそれを口にだすことはなかった。
ざらついた心を何度もくり返しけずって、元に戻しながら、何もかも露呈しないようにと、ひどくおびえていた。

愚かなふりをして知ろうとしなかった気持ちは永遠に手放すことに

そしてわたしはとうとう、今日を境に彼という親友を生涯手に入れ、同時に知らんぷりしていた気持ちを永遠に手放すこととなった。
直接言われたことも、たずねたこともないけれど、わたしたちはお互いを何か繊細なもののように感じていた気がする。
美しく脆い硝子細工のような存在。
とても大切で、触れないように、けれど目を離さないように。そんな風にして結局、わたしは何一つ本当のことを言えなかった。
それは彼も同じだったように思える。
きっとわたしは、彼の奥のほうに眠る思いを(それがどのようなものだったとしても)知りたくなくて、愚かなふりをし続けた。

彼はわたしがアボカドを食べることなんて知らない。学校帰りに賭けに勝って食べたアイスクリームが、世界で一番好きな女だと思っている。