私は小、中、高といじられキャラだった。
いじられると言っても、嬉しい時とそうでない時があるが、素の自分を出せるし、その事で皆が笑ってくれるものだから、中々良いものだと思っていた。

「悪目立ち」したくなくて、自分の存在を認知されないようにしていた

小学生の頃は男子向けの漫画やアニメが大好きで、NARUTOの服やドラゴンボールの服を来て遊びに行ったり出掛けたりすると、周りからバカにしたような顔で笑われて、よく「男だ~」などとからかわれていた。
その当時は、自分の事をなんとも思っていなかったし、別に男の子でもいいと思っていた。
だけど、みんなの私に対する反応が何故か腹立たしいと感じた事は何度もある。

中学生になると周りからどう見られているのか、ありもしない基準に合わせて、自分はおかしくはないかなどと考えていた。考えすぎた結果、他人と関わるのが怖くなり、親友を巻き込み二人でコソコソと2年間過ごしていた。その頃は、話し掛けられるだけでビクビクしていたし、目立ちたくないが故に皆から自分の存在を認知されないようにいらない努力をしていた。

だけど、本当の私はそうじゃない。皆に見てもらいたいし、認知されたい。それは矛盾しているように聞こえるかもしれないが、結論を言うと「悪目立ち」をしたくないのだ。
だから、中学3年生の頃から自分を変えようと積極的に話しに行った。その後は友達も徐々に増えていき、素の自分を少しずつさらけ出せるようになっていた。

それからグループ内の一人の子が私の話に笑ってくれた時があり、恐る恐るなぜ笑っているのか聞くと、「天然で面白いことばかり言うから」と答えてくれた。「私」自身を認めてくれたような気持ちになったから、安心と同時にとても嬉しい気持ちになった。

素の自分を出した充実した生活。憧れと嫉妬の気持ちでいっぱいだった

そして、高校で素の自分をさらけ出していった結果、友達はさらに増えていき、 本当に充実した生活を送っていた。
けれども時折、無駄に周りを気にしたり、人と話す時は相手の顔色を伺いながら喋るから途中で自分の話をやめてしまったりもした。太っている自分の体型は変わらなかったが、見た目にも結構気を配った。

元々、不思議な行動をするし、みんなとは少し違った性格のせいで辛い経験を重ねた結果、なんていえばいいのか分からないけど、今も微妙な線を歩くようになっている。
だから、みんなから後ろ指を刺されていても自分を貫き通そうとする変わった人を見ると、「可哀想」「普通にしようと思わないのか」「なぜ人と関わる努力をしないんだ!」などと頭の中で余計で勝手な概念を押し付けているが、結局は「羨ましい」…。そんな憧れと嫉妬の気持ちでいっぱいなのだ。
そんなこんなで、今の私の心はありのままの姿ではない。

他人の目を気にしすぎて「つまらない人間」なりつつある自分

実際、男性を好きになれないし、女性に恋をしそうでも「してはいけない」という心の奥底から怯えている声がする。同性愛者だと悟られるのが怖くて踏み出せないのかもしれない。
さらに、他人の目に映る自分の容姿を気にしすぎて、進んでコミュニケーションを取ろうとする勇気が削られている。

単純な性格で普通の人間だったら…と何度も思った。
けれども、他人の目を気にしすぎるがあまり個性が消えていく「つまらない人間」になりつつある自分を感じている。
だから、何か一歩踏み出す勇気がどこかに落ちていないか、誰かが背中を押してくれないか。など毎日期待して生き抜いている。