別れた彼から本を出すことになったと連絡が来ました。

当時原石を拾ったと思って付き合い始め、ただの石ころかもと思って別れましたが、やっぱり原石だったのでしょうか。
にしても別れた瞬間光り始めるとは。
私が曇らせてたんですねぇ。
私の磨き方が甘かったんですねぇ。
石ころかもって見限った、私の見る目が無かったんですねぇ。
私が……、私がいてもいなくても、彼は原石だったんですかね。

「先生」と呼ばれ、いつも着物で登校する彼にビビビッときた

彼は不思議な感じの人でした。
毎日、大学に着物で登校していました。
着物の彼はいつも図書館にこもって調べ物をしていました。
妖怪が好きらしいです。
ぬりかべとかねこまたとか、そういうのを一生懸命調べては何か書き物をしていました。
着物で大学に来て、しかも妖怪が好きなんてなんか達観してるよね。
そんなことから彼は「先生」って呼ばれてました。

敬称じゃない。
おかしな人、変わった人。
そんなちょっぴり皮肉を込めたあだ名。
でも私は思ったんです。
ビビビッときたんです。
この人は天才だ、原石だと。

大学生なんてみんなお互いの顔色うかがって、好きなもの、嫌いなものを共有して友達を作っていくもの。
好きなものも、嫌いなものもみーんな同じ。
でも彼はちがいました。
自分の好きな着物を着て、自分の好きなものを貫ける。
たとえそれが、みんなと違う「好き」だとしても。
それがこの閉鎖的な学園生活でどれだけすごいことか。

この人はホンモノだ。
この人はぜったい、将来大物になる。
原石が、光り輝くのをこの目で見てみたい…!
そう思って、彼に近づきました。

彼はホンモノ。原石の彼を私が磨くんだと無駄に焦る日々

好きだって言われたことは一度もありませんでした。
気づいたら一緒にいる。彼にとって私はその程度だったのかもしれません。
浮世離れした彼です。ふつうの恋愛なんてものとはまったく無縁でした。

それでも幸せでした。
彼は原石だ。
周りに何を言われようと、どう思われようと、私は彼がホンモノだって信じてる。
私が彼を世間から守ってあげるんだ。
私が彼を磨くんだ…!

思い上がってたのかもしれません。
すごいのは彼自身であって、そばにいるだけで自分までトクベツになれたような気がして。
あろうことか私が磨いてやろうだなんて。

ねえ、調べたこと発表してみたら?
「うーん、でもまだ考察が不十分だからなあ」
じゃあ、妖怪が専門の〇〇教授に相談したら?
「まだ恐れ多いよ。もっと精進してからじゃないと」
SNSとかに載せてみるってのはどう?
「SNSは怪談話とかの考察にはもってこいだけどね、自分から発信するのはちょっと」

私は無駄に焦ってしまっていました。
なんとか彼を有名にしたい。
こんなすごい人なんだから、きっと注目されるはず。
なのに、何で動いてくれないの?

ひとりで舞い上がって勝手に失望している私が横にいても困ったのでしょう。
「もうこういうの、終わりにしない?」
付き合おうとも言われず始まった恋は、ぼんやりと終わってしまいました。

結局のところ、私がいようといまいと彼は変わらなかったのです。
自分が好きな着物を着て、自分が好きな妖怪を調べて、「好き」を追いかけているだけで十分幸せだったんです。
私が勝手に、有名にさせたかっただけ。
ひとりで空回りして、ほんとバカみたい。

報告をくれたってことは、私は彼にとって「あの子」になれてるのかな

本を出すことになったと、彼から連絡が来たのはしばらくしてからのことでした。
「正射必中」
的に当てることではなく、正しく射ることに集中する。
そうすれば必ず結果が付いてくる。
彼がやっていたことは正しいことでした。
だから、結果がついてきたんです。
結果ばかり気にしてやきもきしていた私は、しょせんふつうの石ころだったんですね。

涙を滲ませていると、ふいに彼の言葉を思い出してしまいました。
「好きなことをしていて幸せだけど、それでもやっぱりひとりぼっちは寂しくて、どうしようもなく不安になることがあるんだ。
だから、僕を見つけてくれてありがとう」

こんなこと、彼はすっかり忘れてると思います。
好きなことに夢中だから。
でも、本を出すことが決まって、その報告を私にしてくれたってことはそういうことって、信じていいんでしょうか。

「あの子」がいたから、好きなことを貫けた。
彼にとって、私は「あの子」になれてるのかな。

どうか彼が、これからもずっと「好き」を追っていけますように。