はじめて痴漢をされたときのことを、今でも鮮明に覚えている。
その日、わたしは当時付き合っていた彼とのデートを終えて、幸せな気持ちで電車に乗っていた。2人掛けの席にひとりで座って、うとうとと微睡んでいた。
すると、ひとりのおじさんが隣に座ってきた。他にもたくさん席は空いているのに……と思ったけれど、幸せで眠たくて気持ちがふわふわしていたから、さほど気にもとめずにいた。
電車にひとりで座っていると、隣におじさんがきて太ももに触ってきた
電車の揺れが心地よくて、もう今にも眠ってしまいそうになっていたとき。不意に、何か温かいものが太ももに触れた。隣に座っているおじさんが、わたしの太ももに触っているのだと理解するのに、一瞬の間があった。
わたしはそれまで、自分が痴漢にあったら絶対に抵抗して、悪態をついてやろうと思っていた。なんなら、警察に突き出してやろうとも。
だけど、いざ痴漢をされると、何もできないのだということを思い知った。大きな声を出すことも、おじさんの手を払いのけることもできない。寝たふりをして、おじさんが飽きてしまうのをじっと待つことしかできなかった。
それをいいことに、おじさんの行為はどんどんエスカレートしていった。太ももを何分間も触り続け、挙句の果てに、わたしが穿いていたショートパンツの裾に指を突っ込んで、パンツのラインをなぞり始めた。
「嫌だ、もう耐えられない」勇気を振り絞って立ち上がると、おじさんはビクッとして手を引っ込めた。わたしはおじさんの顔を見ることもできず、別の車両に逃げた。おじさんは追いかけてこなかった。
自分が痴漢にあってはじめて、痴漢は卑劣な犯罪行為であると認識した
無事に別の車両に逃げてしまうと、少しだけ恐怖が和らぐとともに、ふつふつと怒りが湧いてきた。生まれてはじめて、人の手を切り落としてやりたいと思った。
ひとりきりで電車に乗っているのが不安で、わたしは彼にLINEをした。「痴漢された、勇気を振り絞って逃げてきた、怖かった……」と。
すると、彼から返ってきたのは「触られたならもっと早く逃げないと!」という言葉だった。
だけど、怖くて動けなかったんだよ。わたしなりに、勇気を振り絞って逃げたんだよ……。彼の言葉に軽くショックを受けていると、彼はさらにショッキングな言葉を返してきた。「でも、襲われたわけじゃないんだよね? 触られるだけで済んでよかった」と。
目の前が真っ暗になった。“触られただけ”って、どういうことなんだろう。わたしはあんなに怖かったのに。襲われて、レイプでもされないと、“被害にあった”ことにはならないんだろうか。彼にとっては、男の人にとっては、“その程度のこと”なんだろうか。
あとになってわかったことだが、男女に関係なく、痴漢を性犯罪と認識していない人は多いらしい。だから“その程度のこと”と思う男性もいるし、痴漢されたからって「性犯罪にあった」と声を上げない女性は多い。
だけどわたしは、自分が痴漢にあってはじめて、“痴漢は卑劣な犯罪行為である”と認識した。そして、“痴漢にあったら絶対に抵抗できるし、警察に突き出してやれる”と信じていた自分を恥じた。人は、恐怖の前では何もできなくなるのだと知った。
もっと多くの人に認識してほしい、痴漢は卑劣な行為で「犯罪」
それからも、何度か痴漢にあった。手を撫で擦られたこともあるし、うしろから抱きつかれたこともある。直接触ってはこなかったけれど、わたしの顔をじっと見ながらズボンに手を突っ込んで、股間をまさぐっていた男性もいた。直接触られていなくたって、恐怖の度合いは変わらなかった。好きでもない男性に、性的な目で見られること自体が恐怖だ。
痴漢が卑劣な行為であること、犯罪なんだという認識がもっと広まってほしい。そして、男性にお願いしたいのは、もし自分の身近な女性が痴漢にあったと知ったら、決して「痴漢ぐらいで済んでよかったね」だなんて言わないでほしいし、思わないでほしい。一緒に怒ってくれなんて言わないから、せめてその女性の傷をえぐらないであげてほしい。
あれから何度も考えた。わたしが気にしすぎなんだろうか、短いズボンを穿いて出歩いていたわたしが悪いんだろうか、と。だけど、絶対にそうじゃない。痴漢は許されない行為だし、悪いのは痴漢をする人間の方だ。
だから、性犯罪にあった女性に「お前にすきがあったからだ」なんて言葉を投げつけるのはお門違いだ。女性が脚を出していようが、胸を出していようが、「触ってもいいんだ」と思う方が馬鹿だ。恥を知れと言いたい。
いつか自分に娘が生まれて、その子が痴漢にあったら……と考えるだけで胸が痛む。どうか、1日も早く痴漢などない国になってほしい、みんなが痴漢に対して怒れる国であってほしい。そう願わずにはいられない。