雨が降ると思い出す。ずっとずっと大好きだった人に振られて、雨の中制服が濡れることも厭わず泣きながら夜の公園でブランコを漕いでいたわたしに、きみはそっと傘を差し出してくれたね。
二人でブランコに座って濡れて、二人だけが呼ぶあだ名をつけた
初対面でびっくりしていたわたしに、何故かきみもびっくりした顔をしていた。
きみはなんだかふと体が自然と動いちゃったと言いながら、猫のような目をさらに細くしてニコニコと笑った。
誰?って戸惑うわたしに、きみは学校名と学年と名前を教えてくれ、飲める?とミルクティーをくれた。その日からわたしはミルクティーが大好きになった。
二人でブランコに座って濡れながら、わたしも学校名と学年と名前をきみに教えた。きみは誰もそう呼ばないあだ名をわたしに付け、わたしも誰もそう呼ばないあだ名をきみに付けた。それは二人だけが呼ぶ特別なあだ名になった。
そして、わたしが泣いていた理由をきみは聞かないで、自分の通っている学校の話や最近あった面白い話をしてくれた。その後、濡れてるからなんの意味もないよと笑うわたしを傘に入れてくれ、家まで送ってくれた。そこでまた会おうよと言って、連絡先を交換した。
それからきみとわたしは頻繁に会うようになった。性別は違うけど、きみとは親友のようになれた。ずっと二人で一緒にいられると思った。
恋なのか友情なのかはわからない。ただただきみが大好きだった
きみとはたくさんいろんなところに行ったよね。オムライスのおいしい喫茶店、おもちゃみたいな可愛いスイーツの食べ放題、イルカのショーが売りの水族館、観覧車の派手な遊園地、都内じゃないのに東京という名前のついた有名なテーマパーク、価値はわからないけれど素敵な絵がたくさんある美術館、お洋服や日用品のお買い物。きみは外見がとても派手でお洋服のセンスも際立っていて、背が高くて真っ白に近い金髪でふわふわのパーマをかけていて、その髪の毛がまるでライオンのたてがみのように見えて、遠くからでもわたしはきみをすぐに見つけることができた。きみの脱色された髪の毛は太陽に当たるときらきらと反射して、その光はわたしを導く灯だった。
わたしはきみが好きだった。
その好きが恋だったのか友情だったのかはわからない。ただただきみが大好きだった。
きみの笑うと無くなる細いつり目も、薄い唇も高い鼻も。コンプレックスだという髪の毛と同じくらいに白い肌も。
外見だけじゃない。意外と頭の回転が良くお勉強が得意なところも料理上手なところも、甘党でお化けが苦手なところも案外寂しがり屋で可愛いものが好きなところも、全部全部きみという存在そのものが好きだった。
きっときみのことで知らないことはないんじゃないかというくらい、わたしはきみのことを知っていた。きみもきっとわたしのことを誰よりも知っていた。そう、知っていたんだ。
わたしが未だに雨の日が苦手なことも、雨が降るといつもミルクティーを飲んでいることも。きっとだからその年のわたしのお誕生日にきみは、苺がたくさん乗った綺麗なケーキとミルクティーと、傘をプレゼントしてくれたんだよね。
傘があるだけで気分は変わって、そばにいてくれるようだったのに
その傘は光できらきらと反射するとてもカラフルなオーロラ傘で、この傘を持ってると明るい気分になれるでしょ?派手さから俺のこと思い出すでしょ?これで少しは雨が苦手じゃなくなるんじゃない?と言いながらいたずらにきみは笑った。その日からその傘は雨の日のわたしの相棒になった。
その傘があるだけでわたしの気分は変わって、きみがそばにいてくれるようでだんだんと雨の日が苦手ではなくなった。今でもその傘は雨の日やきみに会いたくなったとき、寂しくなったときに開いているよ。
そしてきみがいなくなってからも、わたしはきみを忘れられない。なんてことはない。
きみは夢を追いかけて、わたしでは手の届かない世界へと旅立っていった。ただそれだけのこと。
きみのことは応援しているし、誰よりも尊敬している。でもきみがいる世界に慣れてしまったわたしにとって、きみのいない世界は寂しくつらいもので。いつの間にか大好きだった人よりも、きみで上書きされた雨の日は、きみがいなくなったせいでまた苦手な雨の日になってしまった。わかってはいるんだ。わたしはちゃんと前を向いて、一人でも歩いていかなきゃいけないってことは。きみを心配させないように。
さて、このカラフルに光る傘をさして今からわたしはどこに行こうか。
きっとどこへでも行ける。だって傘の光が導いてくれるから。
でも、いつか笑って傘とミルクティーを持たずに、きみの元へ行けたらいいな。