「彼女ができたから、ごはんに行くのはちょっと……」片想いしていた彼に告げられて、私の恋はひっそりと幕を閉じた。
世界がコロナ禍に突入する前からインドア派の私は、雨の日は外に出なくていいので、家に閉じ籠る大義名分に使っている。雨の日を人で溢れ返ったショッピングセンターで過ごすよりも、ベッドの上でゴロゴロしながら、窓を叩く雨の音を聞いている方が好きだ。灰色の空から降ってくる雨が道に水溜まりを作っていく様子をぼーっと眺めながら過ごす時間は、一人で孤独だけれど逆に心穏やかになれる。
初合コンで出会った「好みのタイプで優しい彼」にゾッコンになった
雨の日はできるだけステイホームしていたい私が、ワンピースとレインシューズ替わりのエナメルのパンプスで着飾って、いそいそと出掛けた時がある。それは2年前の9月の中頃、職場の5歳お姉さんの先輩に誘ってもらった、私にとって、人生ではじめての合コンだった。
3対3の合コンで、女性側は先輩と先輩の大学時代の友人と私で、男性側は先輩の同期と大学時代の友人と大学時代の部活の後輩と聞いていて、事前に写真も見せてもらった。男性側幹事の部活の後輩が、年齢も近く気が合いそうな雰囲気がしていたのだが、合コンの3日前に急用ができて来られなくなった。
残念に思っていたのだが、替わりに来た幹事の会社の同期で飲み友達が、好きな俳優に似ていて、好みドンピシャだった。彼と一次会の席は遠く、あまり話はできなかったのだが、二次会のビリヤードで同じチームになり、はじめての私にも優しく教えてくれてゾッコンになった。
そろそろ解散という時に、夏の終わりの土砂降りになった。荷物が多い人と思われたくなかった私は、折り畳み傘しか持ってきてなかった。解散して、防ぎきれなかった熱いような、冷たいような雨でところどころワンピースを濡らしながら、雨宿りと称して女子だけの三次会のカフェに辿り着いた。
合コンで出会った彼とメッセージをやりとりして、ごはんへ行くことに
先輩たちは、「今日の合コンで次に進めそうな人はいなかった」と言っていたが、翌日私には意中の彼からメッセージが届いた。アイコンが初期設定のままであることから想像に難くないように、あまりメッセージのやりとりを得意としないタイプの人だった。
1週間ほどやりとりを続け、ごはんに誘うとOKがもらえ、駅前のイタリアンでごはんを食べることになった。その日の予報は、また夜から雨だった。店に入り、彼と二人きりということを意識すると、緊張でエナメルのパンプスが擦れあい、キュッと音を立てる。
カッコいい人を独り占めできる幸せに浸っていると、あっという間に解散の時間になった。お店を出たところで雨は本降りになり、傘を持っていなかった彼を途中まで送った。「葵衣ちゃんが濡れるから」と、傘に入るのを遠慮する彼のパーカーに、どんどん雨が染みを作っていく。
分かれ道に到着し、私の傘から抜け出た彼はフードを被って、白く霞む雨の中に消えていった。家に帰ってすぐにお礼のメッセージを送ったが、その後やりとりが続くことはなかった。
彼との恋は実らなかったけど、積極的に動くことで後悔は減ると思う
その1か月後、たまたま仕事で彼に電話することがあった。高ぶった私の気持ちとは裏腹に、事務的なやりとりで通話は終了した。周りに上司がいたのであまりフランクには話せず、私だと気づかなかったのかとがっかりして帰宅した。
スマホを開くと彼からメッセージが来ていて、「久しぶり。今日はびっくりした」とあった。私はまた彼と接点が持てるかもと舞い上がって、「またごはん行きましょう!」と誘った。その時、ふと彼のアイコンが初期設定ではなく、どこかの風景写真が入っているのに気づいた。案の定、冒頭のメッセージが送られて来て、彼女ができていたことを知った。私の片想いはあっけなく終わった。
彼に抱いた思いも、あの時の雨で流れてしまっていればよかった。そうすれば彼への叶わぬ片想いを募らせることもなかったのに。一時期は、そんな思いに支配されることもあった。
でも、いつもは受け身な私だが、今回積極的に自分からごはんに誘ったことで、何もせずに恋が終わってしまったわけではないと気づくことができた。受け身になりすぎず、積極的に動くことで、あの時こうすればよかったと後悔することは減るように思えた。
家の中に閉じ籠っていては、雨上がりの虹も見つけられないし、埃が洗い流された清々しい空気も感じることはできないのと同じだ。そう思った時、カーテンを開けると秋の高い空に薄い雲が伸びていた。