ワタシには魔法の傘があった。
それさえあれば、雨の日でもワタシの気分は晴れになるもの。憂鬱な雨の日も楽しもう!という理由で昔の彼氏に買ってもらったもの。
外側は普通の単色で地味風だけど、実は内側はとっても華やかな柄が描かれていて、外側から見るには普通の傘だけどね~♪なんてちょっとした優越感を持ちながら使えるのだ。

ワタシにとって雨の日は、20歳の後厄という時期に友達の車に乗っていたら、後ろから追突された、という思い出も蘇る。後ろから追突されたことによって、後遺症が残ったのだ。
それは雨の日の低気圧が関係してくる。これは40代になっても続くよ、とお医者さんにも言われている。
だからワタシにとって雨の日は、自分の後遺症と戦う日としてインプットされていた。

そんな後遺症を抱えたまま、ワタシは専門学校に入学し、彼と出逢った。一緒にいるのが楽しくてしょうがない、この人と結婚する!と若いながらに考えた。
でもどんなに楽しい時にも雨は降ってくる。雨の日はどうしても体調を崩してしまう。そのせいで気分も下がり、八つ当たりもした。それでも怒らず、体調のせいだもんね、と受け止めてくれる優しい彼だった。

完治することがない後遺症に気持ちの限界。その時彼がくれたもの

季節は梅雨に入って雨の日ばかり。ワタシは雨に嫌気がさしていた。
毎日体調を崩すのだ。毎日気持ち悪くなっていた。
「なんでこんなことになったんだろう。」「もう雨に嫌だなぁ。」と呟いた。彼はそんなワタシの小さな呟きを聞いていた。

外にも遊びに行けず、体調も崩し、完治することもない後遺症に気持ちの限界を迎えそうなとき、彼は大きな縦長のプレゼントをくれた。それが魔法の傘だった。

ワタシは心の底から喜んだ。普通のビニール傘を買ったのが馬鹿らしくなるほどこの傘を気に入った。
梅雨の憂鬱さや、体調の悪さは気にならなくなり、梅雨がなければ田んぼや畑は干からびるもんね!なんて、ポジティブにすらなった。
魔法の傘をもらってからは、傘を使いたくて意味もなく散歩したり、わざと遠くのスーパーに行ったり、どんどん外に出た。

傘を楽しんでいるうちに梅雨はあけて、傘の出番はなくなった。
それでもワタシは「早く雨降らないかな~」と傘をさすことが楽しみになっていた。自分に後遺症があることすら忘れかけていた。
そんな楽しい気持ちにさせてくれる傘をプレゼントしてくれた彼にとても感謝した。

あの傘を持って新しい職場へ。帰ろうとしたとき心臓が鳴った

でも時間が経ったある日、ワタシは都内に仕事に行っていた。
その日も雨が降っていた。もちろん、あの傘を使って。
その日は、転職したばかりの初日。初日にこの傘を使えるなんてツイてる~♪と思いながら仕事に就いた。

緊張しながら、先輩の言われたことを聞き逃さないようにメモをたくさんとり、既存のスタッフに挨拶したり、お話したり、これからここで頑張ろう!と意気込んでいた。

無事に終わり、帰ろうとしたとき心臓が鳴った。傘置きの中にワタシの傘がないのだ。どこを探しても、スタッフに聞いても見つからなかった。外側が単色だったから間違われたのだろう、これを使いな!とビニール傘を借りた。

大切な傘。どこかの知らない誰かに使われているという事実に動悸がした。吐き気すらした。全てのやる気が無くなった。そんなワタシの姿を見て、スタッフのみんなが先に帰った先輩たちに連絡を取ってくれた。
ひとりのスタッフが、間違えていたみたいだよ!と教えてくれた。でもワタシにはそれどころじゃなかった。怒りで震えるという体験をしたのはそこが最初で最後だった。

他人にとってはたかが傘。なぜこんなに怒っているのかわからないだろう

もうその職場には行けなかった。持って帰った先輩に何をするかわからなかったから。謝られても絶対に許せないような気がしたから。
他人にとってはたかが傘。
なんで怒っているかなんて想像もできないだろう。

今思えば、あの先輩も中身を見てビックリしただろうな♪と思えるが、当時のワタシにはとてもショックな出来事だった。

あれからその傘は、間違えて持って帰った先輩も返しづらいのか返してもらってない。結局ワタシの手元には返って来ず、そのままだ。ワタシは先輩に借りたビニール傘を未だに使っている。

ただ、今でも雨の日にはあの傘を思い出す。今頃どこでさされてるの〜って心の中で唱えてる。気にしても仕方がないと分かっていても、唱えてしまうのだ。そう分かりながらも宛のないどこかに傘の居所を唱えてワタシは今日も先輩に借りたままのビニール傘をさす。

今は先輩に借りたビニール傘でもなんてことない。違う傘を使うことにも慣れた。
それでも、これからもあの傘を忘れることはないだろう。