あのルールを破れたら、こんなことする必要なかったんですけど、謝ります。

大好きなBUMP OF CHICKENのみなさん、ごめんなさい。中学2年生のとき、『sailing day』を歌いながら、学校を脱走しました。

友人が家出をしたとき、満場一致で「探しに行こう!」ということに

自分で言うのも何ですが、私は当時、結構“優等生”だったと思います。スカートは膝下。スニーカーは白。成績は120人中、10番くらい。吹奏楽部部長。学級委員。掃除はサボらない。先生方からの信頼、厚め。マジカルバナナで“優等生”が回ってきたら、次に言いたくなるワードばかりですね。そうでもないか。

さて、そんな“優等生”こと私が脱走しましたのは、中学2年生の7月。合唱コンクールに向け15人程からなる女子パートで練習していたときのことです。

ある日、友人が家出をして、行方不明だというニュースが飛び込んできました。女子一同大騒ぎ。満場一致で「探しに行こう!」ということになりました。あの団結感は、忘れられません。学校でことあるごとに叫ばれる“団結力”。ここで発揮されてしまいました。

そうと決まれば、善は急げ。女子一同、裏門へ。大勢で移動したのに誰にも声をかけられず、いとも簡単に学校の敷地を出ることができてしまいました。ああ、ルールは簡単に破れるんだなあ。それまで大人の言う事は聞くことが当たり前だった私は、すごくふわふわとした気持ちでそう思ったのを覚えています。

同時に、学校に自分を引き戻そうという引力のようなものも感じました。それを振り切ったのは、あの“団結力”、みんなで力を合わせて友だちを助けるんだという“正義”と“友情”でした。友だちを裏切ってはいけない。みんながルールを破ってまで助けに行くのに、自分だけ“優等生”ぶるなんて。それは裏切りだと思う。「友だちを裏切ってはいけない」。

学校を抜け出した私の気持ちだけは「無敵」になれたけど、無力だった

私たちはそれぞれ3人くらいのグループになって手分けし、家出した友人を探しました。しかし、何か心当たりや策があるわけでもなく、捜索なんて成り立ちません。あれは、学区内の散策でした。次第に自分たちの無力さに薄々気付き始め、同時に、学校を脱走したという事の重大さを感じ始めました。

そのときです。私の中の“中学2年生”大暴走。BUMP OF CHICKENの『sailing day』で、自分のグループのメンバーを鼓舞し始めてしまいました。舵の切り方を思いっきり間違えましたね。たぶん、こんなことのために作った歌ではないです。でも、私たち気持ちだけは無敵になれました。

友だちを裏切ってはいけない。手分けした他の女子も頑張っている。自分たちも頑張ろう。友だちを探すのだ。私たちは正しい。友だちを裏切ってはいけない。ルールは真面目に守る。それが、“優等生”です。

しかし、無敵状態もそう長くは続きません。ふと視線を落とした先に見えた、学校の上靴を履いた自分の足。裏門からそのまま出てきたから、履き替えられなかった。現実が突きつけられた気がしました……戻ろう。

悪いことをしている事実を正当化してる「自分ルール」を破れなかった

とぼとぼ学校に戻ると……おっと? 一緒に飛び出したはずの女子の内半数以上は、すでに学校に戻っていました。“捜索”を決行した他のグループももう戻っている。友だちを裏切ってはいけない。みんなも頑張っている。ルールは破っているけど、私たちは、正しい。

あれ? 裏切られた気持ちはしなかったといえば、うそになります。でも、認めざるを得なかった。友だちを裏切ってはいけない。のではなく、そうしたら非難されるかも、気まずくなるかも。みんなも頑張っている。ではなく、脱走したのは私だけじゃない、みんなやってるから大丈夫。

ルールは破っているけど、私たちは、正しい。わけはなく、抵抗する運命を盛大に間違えただけ。戻ったみんなが、正しいです。悪いことをしている事実を綺麗にコーティングし、正当化してくれる自分の中の“ルール”。それを破れなかった。

実は“ルール”の守り方・破り方がたくさんありそうです。次こそは、後で思い返して「あ~あ~」とならない『sailing day』を歌います。