あのルールを破れたら、今の私は『ちゃんとした女性』としていられたのかもしれない。
高校時代を振り返るたび、ため息を吐きながらいつも同じことをつぶやく。まるで、まるであの時のオトナたちのように。今日も私は、いつものあの公園のベンチで、白い吐息のゆく先を呆然と見つめていた。
教師たちは、念仏のように同じことを唱え、理由が大事だと言った
「以上で説明は終わりです。いいですね皆さん、ここは中学校ではありません、義務教育じゃないんです。故に、あなたたちはこの学校のルールを守って生活しないなどの問題行動を頻発するようであれば、簡単に退学処分にすることができるということです。その意識をもって今後、学校生活を送るように!」
体育館に集められた360人の1学年の生徒たちは、前後左右の人と顔を見合わせて首を傾げながら驚きを隠せずにいた。ざわめく体育館の中でひとり私は、話をしていた教師を目で追っていた。
スカートを折ってはいけない、ワックスをつけてはいけない、パーマをかけてはいけない、髪を染めてはいけない、前髪は目にかからない長さに、髪は耳が見えるくらいにしてそれ以上は後ろで一つにしなさい、体操着の裾はズボンに入れなさい、化粧をしてはいけない、女はスカートを履きなさい、男はズボンを履きなさい、考えてみればみるほど意味のなさそうな、今で言うブラック校則だと思った。
教師という肩書きをもったオトナたちは、口を揃えて同じことを念仏のように唱え、授業中には過程が大事だ、なぜそうなるのか理由が大事だと、教壇に立って大きな声で言っていた。
平和な学校生活を餌に、私たちを窮屈な水槽に入れて干渉するオトナ
なのに、なのになのに「先生たちだってこんなこと言いたくないんだよ。」そう言ってルールを守らせるために、小さな声で、理由を言わず、言葉を濁して、ルールさえ守れば平和な学校生活が送れるからと、オトナの圧力で生徒を脅して、従えさせた。
規則を守らなければ罰則を、秩序を乱す者、風紀を乱す者には制裁を与えるため、ぼろぼろと落ちてくる餌に食いつく観賞魚を窮屈なアクアリウムに入れて干渉しているオトナたち。
ワタシは.…..私は、あのルールを破れなかった。
ルールや秩序を乱すことなく、化粧をせず、髪のセットもせず、体操着の裾だってちゃんとしまい、本当は履きたかったズボンを我慢した。規則を守り、秩序も風紀も乱すことなくただ「前倣え」をしていたはずなのに、高校を出た途端、周囲からあぶれて孤立した。
『ワタシ』を前倣えさせたあのルールを破れたら、今のボクは
「化粧をしないなんてマナー違反だ。」
「化粧ができないなんて、今まで何をやっていたのかしら。」
「男みたいな格好して、恥ずかしくないのか。」
「オトコオンナみたいなやつは、そういう店にでも行け。」
社会にいるオトナたちは、そう言って白い目を向けてきた。でも、周りの同級生たちは、知らない間に社会の中に自然と溶け込んでいった。
憎くて仕方がなかった。あんなに学校のルールを破り、秩序や風紀を乱してきたやつらが、あっという間に、いとも簡単に、社会に溶け込んでいったことが。
やりたかったことも、やりたくなかったことも、全部、全部我慢したのに。
どうして、どうして『ワタシ』を前倣えさせたのに、社会に出たらあんな風に言われなきゃいけないの?どうして?なんで?先生、ワタシは良い生徒だったよね?
「ボクって、どこにいっちゃったんだろう。」
今日もボクは、いつものあの公園のベンチで、白い吐息のゆく先を呆然と見つめながら、小さくつぶやいた。
「あのルールを破れたら、今のボクは『ちゃんとした女性』としていられたのかもしれない。」