ぐんぐん伸びていく点数が嬉しかった。
ぐんぐん上がっていく偏差値が嬉しかった。

勉強が得意で、それ以外の何もかもが苦手。スポーツはできないし、遊び方も知らない。人の顔色を伺うことも、空気を読むということも、よくわからなかった。
どうしてみんな、簡単にやってのけるんだろう?子供の頃から不思議だった。
スポーツも、遊ぶことも、人の顔色からメッセージを受け取ることも、空気というものに気づくことも、わたしにはものすごく難しいことだった。

だから学校の勉強だけは好き。やることが明確で、やればやるだけ伸びていく。
すごいね、賢いねって、みんな褒めてくれる。
だから、それだけがわたしの取り柄だった。
それが活かせると思っていた。だから大学に進学した。なのに、そこは思い描いていた世界じゃなかった。

「女のくせに」。センター試験点数を素直に答えたわたしに彼は言った

「お前、『かしこ』ってやつ?」
新歓コンパの席でそう尋ねてきた男子学生は半笑いだった。未成年のくせにお酒の入ったグラスを持って。
学校の勉強ができたわたしには、縁遠かった飲み物。未成年って、お酒飲んでいいの?さまざまな倫理観を根っこから揺さぶられて、わたしはうまく返事ができない。烏龍茶を口に含んだ。

曲がりなりにも国立大学で、トークテーマはセンター試験。あの時何%取った?過去の栄光に縋りたい、プライドばかりむくむく育った国立大生たちにありがちの話題。そんな話が、新歓コンパでも当然繰り広げられていた。
前期試験で京都大学に落ちたというその彼は、後期試験で入ったこの大学を馬鹿にしたがっていた。センター試験の点数が、彼を守る盾だったらしい。

言ったじゃん、人の顔色を伺うこととか、空気を読むこととかが、わたしにはよくわからないんだって。
ほぼ初対面のその彼にセンター試験の点数を尋ねられて、正直に答えた。
「結構取れたんだよね、勉強頑張ってたし」という一言が、余計だったのかもしれない。
「自慢してんなよ、はいはい、すげえすげえ。女のくせに勉強できたんだな」
そう言ってまた、その男の子はお酒を口に含んでいた。今思い返すと、多分あれはカシスオレンジで、でもそんな可愛い飲み物にさえ怯んでいた自分があの頃いた。

なんだか場が気まずくなったのが、烏龍茶の味でわかった。
あ、わたしも空気、読めるじゃん。
そう思った自分と、与えられたうまく言葉を飲み込めない自分と、とんでもない侮辱を受けたような気になっている自分とが入り混じって、苦いものを烏龍茶で飲み下した。
返事ができずに、乾いた笑いを返した。

勉強というわたしを守る盾が突然、傷つける鋭い剣に変わるなんて

学校の勉強ができること。センター試験の点数が良かったこと。勉強を頑張った、と自分で自分を褒めること。
それらは当然、高校までのわたしには、わたしを肯定するものだった。大学に入っても、それは当然わたしを守ってくれる盾だと思っていた。
まさか、突然わたしを傷つける鋭い剣に変わるなんて。
彼の考え方が偏っていたのは言うまでもない。お酒が入っていたのもあった。
でも、それでも、その時のわたしは立ち止まって自分を見つめてしまった。

女のくせに勉強ができる。それはいけないことなんだ。そうなんだ。

自分を守っていた盾が、粉々に砕ける音が、はっきり聞こえた。
後に残ったのは、スポーツもできなければ遊び方も知らない、人の顔色を伺うこともできなくて、空気の読み方も知らない、ただの木偶の坊だった。

だったらせめて、周りの女の子たちと同じようにならなくちゃ。スポーツはできるようにならなくたって、遊び方は勉強したら良いし、人といっぱい関わればきっと普通の女の子みたいになれるはず。
お酒を覚えて、行きたくもないショッピングに行って、楽しくない飲み会をして、講義でノートを取ることをやめた。みるみる落ちていく成績と、なくなっていくお金と、肥大していく過去の自分への罪悪感。

ごめんね、高校生のわたし。今なら言える、勉強が好きなまま進めって

ごめんね、高校生までのわたし。こんな大学生になっちゃったよ。
高校生の頃の通知表が、涙を浮かべてわたしを見ていた。
ぐんぐん伸びていく点数が嬉しかった。
ぐんぐん上がっていく偏差値が嬉しかった。
勉強を志したわたしの歩みは、18歳で止まってしまった。

ああ、苦しかったなあ、あのころは。
今なら言えるのに。わたしは勉強が好きだよって。その道をまっすぐ進んだら良いよって。カシスオレンジなんて、わたしを阻むにはあまりにも甘すぎるよって。でも18歳のわたしには、烏龍茶を飲み干すことが精一杯だった。