大学3年生の夏、大好きなダンスの道で生きていきたいと思っていた私は、ある大手のオーディションを受けた。
受かるとは期待せず、まずは良い経験になればと思って受けたそのオーディションの結果は、忘れた頃に届いた。

ダンスの道への絶好のチャンス。私は希望いっぱいで引越しをした

結果はなんと合格。自分でもびっくりだ。すぐさま親に連絡をし、当時付き合っていた恋人にも報告をした。

絶好のチャンスだと思った私は、4年生になる春前、住んでいた大学付近から仕事ができる地へと引越しをした。恋人は純粋に寂しがっているようだったけれど、思わず手にしたダンスの道への一歩が嬉しくて、私は希望がいっぱいだった。

「万が一、オーディションに受かったなら絶対行く。4年生分の学校は、休学する覚悟で」
これが、オーディション用紙を郵送する前に親と決めた約束だった。滅多にないチャンスだから、本気でダンスの道を進みたいなら当然だと思った。

しかし、予想外にも世界は新種のウイルスに巻き込まれ、私が飛び込んだエンタメの世界は大打撃を受けることとなった。
何も知らない新しい土地で、初めての仕事をこなすだけでも一苦労なのに、思うように恋人と会う事もできなくなってしまった。

私の環境の変化もあり、噛み合わないことが増えた恋人とは程なくして破局してしまった。幸いだったのは、授業がオンラインになったため、休学しなくても同級生と一緒に卒業できると分かったことだ。

大学卒業後、友達は企業勤めや公務員に。自分のこの先が心配になった

仕事に慣れてきた頃、もっと上達したくて新しくダンススタジオに通い始めた。
「オーディションに受かって、自分で道を作ってここまで来たんだから大丈夫」と、どこかで自信と慢心が入り混ざっていた。世界の厳しさをなにも知らなかった。

そのスタジオには私よりずっとずっと上手く踊れる子がごまんといたのだ。
私の世間知らずな自信は、いとも簡単にへし折られた。悔しかった。
スタジオにいる上手い子たちに追いつきたくて、レッスンの他に必死で自主練をした。努力しかできることが他にないと思いながら。

そんなダンス漬けの日々を過ごして1年、私は大学の同級生と一緒に卒業をした。まさか働きながら4年間で卒業できると思っていなかったし、友達も喜んでくれていた。

しかし、大多数の友達は企業勤めや公務員となる予定だと知った時、私は自分のこの先が急に心配になった。
それは、この1年間で自分のいる世界の厳しさと、いわゆる「就活をして安定した企業や職種に就く」からはかけ離れている事を、改めて実感したからだと思う。

友達の内、何人かは付き合っている恋人と結婚も考えているらしい。なにもかも、私とは逆に思えてきていた。ダンスの道で、なんて考える時点で分かっていたはずなのに、未だに追いつけないダンスの上手い子たちとの差を目の当たりにして、いつしか抱いていた希望が消えていた。

さらに、オーディションで勝ち取ったこのポジションが、この先発展する可能性がない事、よく見てくれているダンススタジオの先生ですら、ダンスだけで生きていく道は先生自身も模索し続けていると言っていた事。

避けて通れない現実の壁。ぶち当たった分厚い壁は少しずつ削れている

1年間で得たものは沢山あったけど、同時に避けて通れない現実の壁にもぶち当たっていた。
分厚い壁を目の前に、勢いだけで走って来た私は完全に立ち止まってしまった。

大学最後の1年間、知り合いのインスタグラムには楽しそうに遊びまくるストーリーが溢れている中、1人でずっとダンスと向き合って来た時間が、無意味のように思えてきて、それが悲しくて泣いた。

それから数ヶ月、今私は転職に向けて動き出している。ぶち当たった大きな壁は、今も乗り越えられてはいない。
しかし、あの絶望を味わったダンススタジオには今も通い続けているし、初めてレッスンを受けた時よりは幾分か上手くなっていると思う。私のダンスを好き、と言ってくれる人が少し増えたから、この自信はそう簡単にへし折られたりしないと信じている。

まだこの先がどうなるかは分からないけど、あの分厚い壁は、確実に少しずつ、削れていると確信している。