「明後日から仕事に来なくていいよ」と、上司から言われたのは先月のこと。
上からの急なお達しとのことで、その上司も私も状況が飲み込めず、飲み込めないまま翌日早めに出勤し、散らかった自分の机の上を片付けながら、先輩に「明日からお休みなんです」と伝えたら驚かれ、後輩に「ごめんね、明日から休職するの」と伝えたら、心配をされた。
休職する前「まともに仕事へ行く」のに必要だったのは、1人で泣く儀式
当時の自分はある程度まともに仕事をしていたので、休むことを伝えたら、「今は元気そうに見えるけど」と言ってくれた人もいた。自分でも、元気そうに仕事をしていたと思う。
身近な先輩数人からだけ、「体調が悪そう、大丈夫?」と仕事中に言われたことがあったくらい。仕事に急に穴を開けたのも、病欠と2、3時間の遅刻がそれぞれ1日ずつだけ。仕事はある程度まともに出勤して、まともにこなしていた。
まともに仕事へ行くために必要だったのは、1日1.5食の生活と、プラシーボ効果の切れたお守りとしての精神安定剤と、出勤前後に家で1人泣き喚く儀式だった。
体重はゆるやかに減り続けていて、ダイエットに成功したことがなかった私は冷たい気持ちで喜んでいた。食べなければ痩せるという言葉は、その通りだなとまさに体感していた。
既に退職した同期は、「やつれたなぁ」と言いながら紙袋いっぱいのプロテインバーをくれた。「こんなものに頼りたくないかもしれないけど」というメッセージカードが一緒に入っていて、たぶんこんなものに頼るしかなかった時が彼女にもあったのだろうと、数ヶ月前辞める直前の同期に思いを馳せた。
私が感じている自分の不安定さと、他人から見る私の差は広がるばかり
当時の私は、まとも、という状態の意味が分からなくなっていた。出勤して人前でいつも通り振る舞うことができていれば、他人からはいつも通りの接し方をされる。彼らは私がシャワーを浴びながら水音に紛れるように嗚咽して泣いていることも、ささくれだった心を落ち着かせるために仕事道具のシャチハタを床に投げつけて割ったことも、知らないままで私に接している。
私が感じている自分の不安定さと、他人が見ている私の姿と。溝はどんどん開いていったが、それだって私だけが感じていた溝だ。
私は誰かに、「君はまともじゃないよ」と言って欲しかった。匿名のSNSで自分の状況を記しては、知らない人から「心療内科に行きましょう」とか、「それは休んだ方がいいです」とかいう言葉を待った。そういう言葉をもらっては、寄り添ってもらっているようでとても慰められた。
しかしそのくせ、私は恋人にも両親にも仲の良い職場の先輩にも、体調不良以外の自分の(異常な)状態について話すことは一度もなかった。見知らぬ人は私に寄り添ってくれるけど、近しい人は私の異常さを冷たい目で見るのではないかと思っていた。
自分と関係のないところにいる人に対しては、いくらでも優しい言葉をかけられる。冷静になって考えてみれば、どんな状態の私であっても大切な人たちは寄り添ってくれたはずだし、受け入れてくれない人がいてもそう気にすることはなかったのだけれど、当時の自分には思い当たらない考えだった。
見知らぬ人も私も自分のことをまともじゃないと思っていたけど、現実の私を知っている人からまともじゃないと思われてしまうことは怖かった。
休職する前の日記やLINEを読み返すと、私は辛かったんだなと思う
結局、それが原因で私は上司へ休職を願い出た。職場で涙をこぼす前に、ここを離れたかった。
上司はそれほど私の体調が悪いのだろうと気を揉んで上に話を進めてくれたが、私の状況は周りから見て急を要するものではなかったから、その後数週間上からの指示はなく、体力も気力も錯乱してきた頃に突如休職のお達しが出た。自分のまともじゃなさを感じ始めてから、数えると5ヶ月ほど経っていた。
最近、当時の日記やLINEを見返すことがある。絶望しているかと思うと投げやりな高揚感を持ち出していて、この人は辛かったんだろうなと、他人の書いた文章を読むような気持ちで過去の文章を見返している。
あの頃の自分はまともじゃなかったんだなと、冷やかな目なしで、今の私はそう思う。まともじゃない過去の自分と関係を切ることができない今の私が、そう思う。