バイトが終わって帰宅する深夜23時すぎ。終電間際ということもあり、電車はどことなくゆっくりになっていく。昼間に見る最寄駅の光景とは違って、ざわめきがない。
学生も連れだってなければ、疲れた顔のサラリーマンがパラパラと改札を通り過ぎる。とにかく人が少なくなる静けさが、辺り一面に広がる時間。
そんな時間に私は、ついつい最寄り駅から自宅までの間にあるコンビニに寄ってしまう。特に用はない。でも、ふらふらとまるで吸い込まれるように入っていってしまうのだ。
コンビニの食べ物は、1日頑張った自分に対する「ご褒美」として最適
多分、理由はあるにはある。まず、小腹が空いているということ。これはバイト終わりだから仕方ない。まかない食べてるけど。
コンビニには魅力的なご飯がたくさん、それはそれは目が回ってしまう程存在している。ホットスナックのチキン、ポテト、美味しそうなパスタ、具材バリエーション豊富なおにぎり、新作スイーツなど深夜に手を伸ばすことを躊躇ってしまいそうな高カロリー美食ばかり。その罪悪感がスパイスになり、尚のことそれらに煌めきをもたせるのだ。
その次に、手頃だということ。デパ地下でご飯を買ったり、お取り寄せのスイーツを注文したりするのとは違う、手頃で安い価格で購入できるということが大きな魅力だ。その日1日頑張った自分に対するご褒美というか、労るのには丁度いい金額で、手が届きやすい。
最後に、ほっとするということ。家に帰ってもどうせ1人だしと思うと、暗い夜道から自宅までの道のりが何となく億劫で、だらだらと帰ってしまう。
でも、途中にあるコンビニに寄れば、灯りもついているし誰かがいる。別に会話をするわけでもコミュニケーション目的なわけではないのだが、そこにある確かな暖かさが何とも言えず好きだ。その安心感が心地よく、つい寄ってしまう。
何もかも上手くいかなくて悩んでいた時、私はコンビニに吸い寄せられた
なんていろいろと自分を正当化して、あらゆるコンビニ寄る理由を探しているが、とどのつまりはなんとなくというだけ。
思い出すのは大学生の時、バイトを変えたばかりで失敗ばかりをしてしまい、気持ちが落ち込んでいた。卒論も煮詰まっていて、就活もろくに進めず、友達は何となく疎遠になっていた。おもけに、彼氏とも喧嘩続きで顔を合わせる度に揉めてしまい、イライラや不安が重なり何もかも上手くいかなくて悩んでいた時に寄ったコンビニのこと。
その日は、特に1人きりの家に帰りたくなくて、終電がなくなってもぶらぶらと歩き回っていた。あてがあるわけではなく、ただうろうろと、そう遠くはない駅から家までの道を静かにゆっくりと歩いていた。
そのうちに足が痛くなり、歩き疲れてきたのでいい加減諦めて帰ろうと思ったところに、コンビニがあった。なんてことない、いつもの風景。いつもの帰宅の道にコンビニがある、ただそれだけ。
だけどその時の私には、なんだか特別なことに思えてならなかった。いつも寄るコンビニでいつものように買うコンビニのご飯やデザート。
でも、いつもより輝いているように見えた。何にも上手くいかない私を励ますエールのようなそんなご褒美に見えて、何だか暖かみさえ感じた。
食べきれないほど買い占めて、若干の重さを感じつつもようやく家に帰って、買ってきたご飯やデザートやお酒を並べて、食べて、やっぱり食べきれなくて、寝た。
いつもの場所にあり、立ち寄るだけでホッとする「コンビニ」
次の日、目が覚めた時に机の上にある食べ散らかしにドン引きしながらも、心の底はスッキリしてる自分がいた。なんとかなる、今日も頑張れそうと思えた。
きっと、自分の中でコンビニは気分を変える存在になっているんだと思う。いつもそこにあるからこそ、いつも通りの自分に戻れる、ホッとする気持ちにさせてくれる。
張り詰めていた心が溶けていくような。それこそなんとなくだけど。第三の家くらいの温度感、それがコンビニ。