どこにでもある、ありきたりな話。私は男友達に、恋をしてしまっていた。
彼と出会ったのは大学1年の4月。同じサークルで同じチームになった彼と、桜舞い散る大学の最寄り駅で初めて挨拶を交わした時、直感的に彼とは長い付き合いになりそうだと思ったことを朧気に覚えている。

初めての彼女が出来た彼を見て、自分の恋心にそっと蓋をした

大学4年間、学部や留学や就活など全てにおいて同じような道を選んできた私達は必然的に会う機会も多かった。
誰にでも平等に優しい彼に一瞬恋心を抱きかけたこともあったが、その直後に同じサークルの誰もが認める可愛い女の子と付き合い始め、初めての彼女という存在を得て浮かれていた彼の姿を見て私は自分の恋心にそっと蓋をした。

それから私も幾多の恋を重ね、彼も恋愛経験を積んで、それ以降は恋愛感情など微塵も感じもさせない、本当にただの仲の良い友達関係を築いてきた。時期によって会う頻度や距離感に差はあれど、お互いのこれまでの恋愛事情は殆ど知っており、下ネタも憚らずに言い合えるような、そんな「ただの友達」。

同じような選択をしてきたと言えど、私よりはるかに努力家な彼は天性の才能と努力により、常に自分の望む結果を手に入れ続けた。社会人になった彼は幼い頃からの夢であった職種に就き、数年間の海外勤務に旅立った。
日本には数年間帰国しないはずだったが、コロナ禍でひょんなことから突然彼が日本に帰国することが決定した。私は純粋に友達として彼の帰国を喜び、すぐに会う約束を取り付けた。

仕事で落ち込む私を慰めてくれたのは、好きな人ではなく彼だった

その頃私は少し背伸びした恋をしていて、当時好きだった男の人に釣り合う自分になるために、仕事に一生懸命取り組んでいた。
一度頑張り始めるとどんどんのめり込んでいき、あるプロジェクトの成功のためにプライベートも犠牲にして死に物狂いで仕事をしていたが、あまり良い結果を出すことができず、思わずSNSでネガティブな心情を吐露した。
複数の友人たちが心配と励ましのメッセージをくれ、その中には彼からのメッセージもあった。10年間近くにいて私をよく知ってくれている彼からのメッセージは暖かく、深刻になりすぎずに寄り添ってくれる彼の優しさを伝えてくれるものだった。

背伸びしていた私は、当時好きだった男の人には自分の弱いところなどは見せられなかったので、その分彼からのメッセージが落ち込んでいた心に沁みて、彼のような友達の存在の有難さを感じた。

結果的にその男性には失恋し、その直後に彼が日本に帰国した。
久しぶりに再会した、海外勤務を経た彼は少し精悍になっていて一瞬ドキッとしたが、失恋の痛手でどん底にいた私はそれどころではなく、再会するや否や彼の積もる話を聞くと共に私の失恋の愚痴も沢山聞いてもらった。

彼と別れ際に何度も振り返る私たち。言いようのない寂しさに襲われた

複数のコミュニティで彼の一時帰国を理由にした飲み会を開催した私は、短い一時帰国期間中に3、4回彼と会うこととなり、お互いの話もし尽くすほどだった。
そんな日々もあっという間に過ぎて彼と最後に会った日、いつも通りの飲み会の後に遂に別れの時がやってきた。
私は彼と違う路線で帰る予定だったが皆と別れた後も何となく彼について行き、自然と彼の路線の改札まで彼を送りに行っていた。
「身体に気を付けてね」などと他愛もない別れの挨拶を交わした私達。彼は改札を通っていき、私も改札に背を向けた。

しかし突然彼との別れが名残惜しくなり振り向くと、同じくこちらを振り向いていた彼と目が合った。思わず笑って手を振った。
それを3回繰り返した後、やっと前を向いて歩きだした私は言いようのない寂しさに襲われている自分に気付いた。

当時は失恋した男性をまだまだ引きずっていたし、それとは別に気になっている男性もいたので、彼に対する自分の感情が分からずに混乱した。
失恋後の私を慰めてくれた彼がいなくなってしまうから寂しいのか、単純に良い友達と長い間会えなくなってしまうのが寂しいのか、寂しさを恋心と錯覚しているだけではないのかなど。

彼と別れてやっときちんと自覚した、10年間友達だった彼への恋心

ただ振り返って考えると彼はすごく素敵な人だったため、私が彼のことを好きになるタイミングはいくらでもあったが、その度に自分には無理だろうと想いを押し殺していたことに気づいた。
彼と別れてやっときちんと自覚した、彼への恋心。
だからと言って今後数年間の海外勤務が確定している彼に対して、これまでの良い友達という関係を壊してまで関係性を発展させたいと迫る勇気はまだない。

ただ、もしこのエッセイが受賞したら、そっと彼に送ってみようと思う。
10年間友達だった彼に今更恋をしてしまったなんて、気恥ずかしくて友達に相談だってできない、「誰にも言えない恋」。
私達にはどんな未来が待っているのだろうか。