駐在員の彼と出逢ったのは、私がその土地での勤務を終え、日本へ帰国する一週間前だった。

お世話になった方々とのお別れ会に若者要員として、私とは面識がなかったが参加してくれていた。若いといっても10歳年上の男性だった。

彼と目が合った時に、一瞬で惹かれた。この人の雰囲気が好きだと思った。

私が帰国してからも、彼が一時帰国する際はデートをした

寝台列車で帰国前最後の一人旅に出掛けるため、お別れ会と称した宅飲みはまだまだ続いていたが、先にお暇することになった。帰り際、彼は私の連絡先を聞いてきて、旅先でもメッセージを送ってきた。

彼の一時帰国のタイミングで「東京で会おう」と食事に誘われた。それは、私の帰国から2ヶ月も経たないうちに実現した。1週間足らずの一時帰国で、もう一度デートにも出掛け「半年後にまた会おう」と言われた。

約束通りの半年後のデートは、最後のデートになった。その日は、スカイツリーの展望台に上った。東京の夜景を見ながら、お互いの家を探した。だんだん下がぼやけてきて、土砂降りになっていることに気づいた。

ソラマチの地下でタクシーを待ち、浅草のお鮨屋で雨の止むまで過ごした。浅草寺で大吉のおみくじを引いて喜んだ。

終電が近づいて、駅まで歩く道中、告白したい衝動に駆られた。銀座線のホームにたどり着いて「また会えなくなるの、寂しいです」とだけ言うと「まだまだずっと会えるよ」と返してくれた。

改札の方を向いてPASMOをタッチする直前、彼が私の頭をポンポンと優しく叩いた。心臓の鼓動が速まって、彼の顔もしっかり見れないまま、ホームにいた電車に飛び乗った。そっと振り返ってみると、彼がまだ改札に立っていた。

「すごく楽しかった、また会おう、写真送って」とスマホにメッセージが届いていた。その日は幸せな気分に浸りながら眠りについた。このまま上手くいくと思ってた。

彼の魅力に惹かれていた私は、素直に自分の気持ちを打ち明けた

彼からの連絡は、駐在先に戻ったのをきっかけに、あっさりと無くなった。耐えきれなくて連絡すると、駐在先での休暇に一人でイタリア旅行をしていることを知った。次の休暇には、マレーシアに行っていた。

結局、最後のデートから8ヶ月程経ったある日、辛くなって、Messengerで告白した。彼の好きなところを言った。「海外生まれで海外育ち、語学も堪能で何でもスマートにこなせるのに、自慢しないところ。年下の私を気づかって色んな話題をふってくれるところ。ユーモアがあって笑わせてくれるところ」

そして、本当の気持ちも言った。今まで異性と付き合ったことはあるけど、初めてこんなに惚れたこと。初めて、こんな自分でも彼の支えになりたいと思ったこと。初めて、彼を好きでいるだけで十分だと思えたこと。感謝していること。

数日後の夜に、返信が来た。丁重なお断りだった。少し泣いて、自分の感情に追い付かなくなって、いつの間にか眠ってしまった。翌朝、私はふられたんだと冷静に理解した。

彼にふられて、自分の本心と「向き合うこと」の大切さに気づいた

それからそんなに時間も経たないうちに、私には新しい恋人ができて、結婚することになった。あっという間の出来事だった。

単純に彼のふった理由は、そんなに好みじゃなかったとか、なんとなく違うと思ったとか、今は恋愛の気分じゃなかったとかきっとその程度のものだろうと思っている。私は、彼にとって必要な存在ではなかった、それだけなのだ。

だけど、正直、ふられた理由は何でもいい。確実に言えるのは、彼にふられたから、“私”が変わったということ。

自分の本心と向き合うこと。自分の気持ちに素直になること。そして、相手に伝えること。受け身でいるだけでは、何も変わらないこと。こんな、当たり前のことが出来ていなかったんだと気づいた。

それを分からせてくれたのは、彼に出逢ったから。彼にふられたから。彼が私の恋人になることはもう無いけれど、やっぱり彼のことが一人の人間として好きだ。
思ったとおり、彼は「素敵」という言葉が一番似合う人だ。