私は会社の後輩が好きだ。年齢は6歳程離れているが、精神年齢は彼の方が上だ。
彼は学生時代から優等生で、リーダーシップがあって人当たりが良い。彼の入社当初から「優秀な人材が入ってきたな」と期待していた。だが、そこに恋愛感情はなかった。
彼には学生時代から長く付き合っている彼女がいたのだ。社内行事に彼女が顔を出している時があり、社員に挨拶をしている風景も目にしている。「可愛い子だし、お似合いだ」と、私は微笑ましく眺めていた。
誰にもバレていなかった気分の沈みを見抜き、愚痴を聞いてくれた彼
私は事務員をしており、同じ部署の女性陣の態度や機嫌に毎日振り回されている。その影響で、ジェットコースターのように私の気分も浮き沈みしている。だが、私は心が疲弊していても態度には出さないよう取り繕う。だから、私の悩みは他の社員にはバレていなかった。
「大丈夫ですか?」
ある日、彼は突然私に聞いてきた。彼とは接点が少なかった上、突然の質問に驚いた。「何で?」と問うと、「僕、人間観察が好きなんです。だから、いつもと雰囲気が違うと、なんとなく分かるんです」。彼の観察眼と優しさに甘え、その日から彼に愚痴を聞いてもらうようになった。忙しい時や彼自身が落ち込んでいる時さえも、耳を傾けてくれた。
一方、彼が上司に対してご機嫌斜めの日もある。彼は機嫌が悪いと黙り込んだり、口数が少なくなる。そんな彼の態度が改まるまで、周囲は放っておくのだが、私はあえて声を掛けたり差し入れをする。自分を気にかけてくれる存在がいる安心感を、彼に教えてもらったからだ。
彼女と別れ、「報われない」というストッパーは外して良い状況だけど
また、私の勤める会社では、バレンタインデーに役員と同じ部署の男性にはチョコレートを贈る風習がある。彼は他部署だが、会社で1番お世話になっている存在と言っても過言ではない。
去年のバレンタインデーには、義理チョコを渡した。同じ部署の女性からも貰っているはずなのに、嬉しそうに受け取ってくれて可愛いかった。ホワイトデーには、車で通勤してきた私の車を見つけると、お返しを渡しに走ってきてくれた。お返しを渡す姿を他人に見られたくないのかもしれないが、わざわざ走って渡しに来てくれた姿は愛くるしかった。
先日、写真館に写真撮影をする機会があった。お喋り好きなカメラマンで、被写体と話ながら最適な1枚を撮影する人だった。
「周りに頼りになる存在はいるの?」などと質問され、何気なく浮かんだのが彼だった。「なぜ告白しないのか?」と聞かれ、「彼には彼女がいるから」と答えた。正確には、彼は彼女とずっと前に別れている。世間話の延長でふと耳にしたのだ。
「あ、別れちゃったんだ」と、応援していたからこその残念な思いと、少し胸を撫で下ろす感覚があった。自分の中での「彼の優しさは、私を好きだからじゃない。好きになっても報われない」というストッパーを外して良い状況になったからだ。第三者と話すことで、以前に増して彼を意識するようになり、「この感情は、やはり恋だったんだ」と自覚した。
付き合いたいとは思わず、職場で支え合えるのなら、今の関係性が最適
彼のことは好き。彼が私を好きになってくれたら嬉しいし、会社の他の女性と話しているのを見掛けると、勝手にヤキモチを妬いてしまう。
だが、私はこの状況を進展させようとは思わない。職場恋愛の末に振られ、未練を断ち切るのに長い時間が掛かった過去があるからだ。ただ、元彼は現場で、私は事務所で働いているため、会う機会は少なく済んだ。現在片思い中の彼は同じ事務員。気まずくなるリスクは避けたい。
また、なぜか彼と付き合いたい、との思考にはならないのだ。私達が付き合ったり結婚したりする想像がつかないし、恐らく長く続く関係性ではないだろう。今後も変わりなく、職場でお互いに支え合えるのなら、今の関係性が最適だと感じる。職場の人にはもちろん、彼にもこの感情を伝えるつもりはない。
誰にも言わない、言えない。今このエッセイを読んで下さっているあなたに、私の複雑な胸の内を知ってもらえるだけで充分だ。