クリスマスが楽しみだったのは、何歳の時だっただろうか。
母とツリーを飾り付け、父とクラッカーを打ち鳴らし歌い踊って、枕元に置かれるプレゼントを思いながら眠ったのはいつの頃だったか。サンタクロースに一目でも会いたいと、夜通し必死に起きていようとしたのは何年前だったか。もう、思い出せない。

プレゼントの問に答えられない私。彼らは本当に欲しいものをくれない

「プレゼント、何が欲しい?」
サンタクロースが両親だったと知った小学三年生の冬から、クリスマス前になると何度も母からそう尋ねられる。でも私はその問いにきちんと答えられたことが一度もない。なぜなら本当に欲しいものを、彼らはくれないからである。

流行りのお洋服も、ぬいぐるみも本も何も要らない。
私はただ、両親からの愛が欲しいのだ。愛が求めすぎなのだとしたら、ほんの少しの関心でいい。私を見てほしい。
目を背けないで、飼い殺しにしないで、私自身と向き合って欲しい。これも求めすぎなのだろうか。 

嘘でも良い。心のこもっていない言葉だけでも良いから、私を好きだと言ってほしい。
一度だけ、母にそう言ったことがある。でも、母はその願いを受け入れてはくれなかった。
「好きだと言われたいなら、好かれることをしてみなさい。あなたは今まで一度でも好かれるようなことをした?」
それが母の答えだった。

どうしたら両親は私を見てくれる?愛してくれる?答えは簡単だけど…

もっともである。私は母に何千何万回と迷惑をかけて、嫌われることなら沢山してきたけれど、好かれるようなことは一度だってできていない。
母を喜ばせようとしてした行為の数々も、母にとっては迷惑にしかならなかった。母が欲しがっていたものをプレゼントしても、食べたがっていたものをご馳走しても、私の行動で喜んでくれたことなど一度もない。

どうしたら、両親は私を愛すだろうか。私を見てくれるだろうか。
物心ついたときから、ずっと考えている。
両親の望む娘を演じることは、きっと容易い。でも、それは私ではない。私が愛してほしいのは、作り上げた「理想の娘」ではなくて私自身だ。 

だが両親は、「理想の娘」ではない私自身を愛すことも見ることもない。理想とかけ離れた育ち方をした私のことを、彼らは一目もくれない。なぜなら自分たちの理想ではないから。思い通りにならないから。

幸せそうな家族を見ると、「あんな風に愛されたい」と思ってしまう

保育園の頃から、自分の意思を持つことは美徳として教わってきたのに、肝心の両親は意思を持った娘をよしとしてくれなかった。自分たちと同じ考えや価値観を持った娘でないと、認めてくれなかった。

自分の意思を持ち続けることと、両親に愛されること。
私にはどちらも捨て難かったけれど、思考を放棄することはできなかった。だから、両親の愛を諦めようと努力している。でも、町で見かける幸せそうな家族を見ると、死にたいほどに羨ましくなって仕方ない。私もそういう風に愛されてみたかった。

「クリスマス、何が欲しい?」
今年も、またその問いをかけられた。もうそんな季節なのかと感情的になる。幸せな気分で、素直に欲しいものを羅列できたあの頃に戻りたい。

サンタさん。
他に何も望みません。
だからどうか愛をください。