「サンタさんって知ってる?」
寒い冬のある日、クラスの女子からそう訊かれてサンタクロースの存在を知ったのは、わたしが小学生のころだった。
その日以来、わたしのもとにはサンタクロースは一度も来たことがない。
大人になって、彼氏が何度かできても、体目当てで、わたしの見た目しか見てなくて、ニヤニヤした目で「かわいいねぇ」と言いながらヤって捨てる男しかいなかった。
だから、わたしは、クリスマスまで、彼氏と関係が続いたことがない。
つまり、わたしは、毎年クリスマスを一人で過ごしているのだ。
人が怖くて、サンタクロースを信じられない自分のままでいたい
わたしは、クリスマスが嫌いだ。
サンタクロースも信じられない。
自分が人から愛されるということを、全く信じられない。
わたしは人が怖い。
わたしの中身を愛してくれる人がいないからだ。
だけど、わたしは、人が怖くて、サンタクロースを信じられない自分のままでいよう、と思う。
サンタクロースを信じる人もいるだろう。
以前、アルバイトしていた店長も、サンタクロースを信じる人だった。
その店長は、俺様な性格で、「愛されて当然」と思っているようだった。
わたしは、そんな店長のようには、なりたくない。
ネガティブでも、
「クリスマスでも、サンタクロースが来ない夜も、ある」
「愛されない日も、ある」
と思っていた方が、心の傷は浅くてすみそうだ。
信じることだけがいいことだと思っている人は多いが、わたしは信じないことにもそういったメリットがあると思う。
先に、最悪の事態を想定しておくことにより、嫌なことが起きても少しでもショックが軽くすむようにすることは、悪いことではないと思う。
それで本当に危機を回避できるなら、じゅうぶんにいいことだと、わたしは思う。
そして、全国の愛されない人たちに、わたしは言いたい。
「だいじょうぶ。わたしのほうが愛されてないし、どん底だから、あなたは最低ではないし、愛されないから価値がないわけではない」と。
何をしても一人だと感じてさみしい時は、思い切り泣けばいい
とはいえ、わたしからこんなふうに言われても、励まされる人はいないかもしれない。
やはり、クリスマスに一人ぼっちというのは、さみしいものだ。
気分転換に街へ出かけても、きらびやかなイルミネーションや幸せそうなカップルたちを見て、余計に一人の自分を感じるだけだろう。
しかし、そんな時は無理して華やかな街に出かけなくてもいい。
さみしい時は思い切り泣けばいいと、わたしは思う。
明るい社会は、あなたに言うだろう。
「いつも笑顔で」「クリスマスになる前に恋人を作ろう!」と。
そんな社会では、辛くなるのも当たり前だ。
だから、責められるのが怖いなら、みんなの前で泣けなくてもいいから、せめて一人の時間に、泣いてほしい。
一人きりで泣いていると、悲しくなってきて「死にたい」と思うこともあるかもしれない。
わたしも、孤独に押しつぶされて「死にたい」と思ったことがあるから、分かる。
無責任に「生きていたら、いいことがある」とも言えない。
なぜなら、生きていると、辛いことの方が多いからだ。
だけど、一人ぼっちでも、ネガティブでも、死ななければならないわけではないと、わたしは言いたい。