「いい子にしていたらサンタさんが来るからね」と親に言い聞かされて育った記憶があるが、そんな呪いはまっぴらごめんだ。
4年前のクリスマスイブを、私は病室で過ごしていた。
志望していた大学に入学し、毎日の課題もきちんとこなしていた。成績もまあまあ。真面目に「いい子」な大学生活を送っていた矢先の出来事だった。秋に体調を崩して入院し、気づけば12月を迎えていた。
日当たりのいい院内はとても暖かく、私が寒さを知らないまま季節は巡っていた。
クリスマスを病室で過ごしていた私。キラキラもトキメキもない院内
明日の病院食のメニューはクリスマス仕様かも?朝、もしかしたら看護師さんがツリーを飾って置いてくれているかも?なんて、淡い期待を抱いて眠りについた。
しかし、訪れたのはなんてことない朝。夜勤明けで眠たそうな看護師さん、とにかく味の薄いお味噌汁、小さな鮭が一切れ。水と薬で散らかったベッドサイド。どうやら病院にサンタさんは来ないらしい。
もしかしたら小児科なら来るのかもしれないけれど。当時とっくに子供として扱われる年齢ではなかったにもかかわらず、何のキラキラもトキメキもない院内に猛烈な切なさを覚えた。
病棟の共有スペースに設置されたテレビから流れるクリスマスソング、キラキラ輝くイルミネーションスポットからの中継。
いつもなら毎年それなりに楽しく過ごしていたのに、その眩しさがあの時は痛かった。
スマホを見ても、パートナーや友達と楽しそうに遊んでいる人達のSNSのきらめきが辛くて、アプリを閉じた。
幸せを象徴する投稿しか許されないような、何とも住みづらい世界が、私の手元の端末に広がっていた。みんなおしゃれしてメイクして、大好きな人たちと美味しいものを食べて、欲しいものを貰っている。
狭い病室にいた日々から4年が過ぎて、私も大人になった
なのになんで?私は何ひとつ持っていないし、叶わない。一日中パジャマを着て、ボロボロでボサボサの顔と髪で、誰も会いに来てくれない。ケーキもチキンもないし、そもそも体調が悪いのだから何を食べても美味しくない。
病室の窓から見える景色は変わらない。身なりを整える心の余裕や手段もなくて、そんな自分が惨めで堪らなかった。同室の患者さんにバレないように布団に潜って泣きながら、お気に入りの音楽プレイリストから、大好きだったアイドルのクリスマスソングを消した。
4年が過ぎた。あの時消したクリスマスソングはプレイリストに入れ直した。
相変わらず応援し続けている大好きなアイドル。次の新曲は4年ぶりのクリスマスソングで、少し成長した恋を描いている。
ストーリーの彼女と同じように、私も4年分大人になった。あの頃の私は、特別なキラキラなんかじゃなくて、ただ普通が欲しかった。狭い病室からは明るい世界や未来なんて到底見えなくて、誰からも不安を分かってもらえなくて、みんなの幸せな日に泣くことすら許されない気がして、幼い頃描いていたサンタさんに助けを求めていた。
当時失っていた、広い社会で普通に過ごせる幸せを求めて苦しんでいたのだと、分かった。
サンタさんは来なくても、大人になった私は自分を幸せにできる
今年も変わらずクリスマスが来る。私は私を幸せにするための魔法をかけたいと思う。
パートナーができたわけでもないし、クリスマスも大学へ行ってそのままバイトだけれど。可愛いコートを着て、自信を持って歩ける厚底の靴を履いて、お気に入りのバッグを持って。
メイクはとびきりキラキラに仕上げて、ピアスもつけて、久々に髪をゆるふわに巻こう。友達を誘って駅前のイルミネーションの写真を撮りに行こうか。いつもよりちょっと高い夕食を買って帰ろうか。
きっと誰も見ていないけど、誰より私がちゃんと見ている。サンタさんは来なくても、大人になった私は自分が頑張ったお金で欲しいものを買って、大好きな自分に変身すればいい。ありがたい「普通」の生活を過ごせている今、私はとびきりのキラキラとトキメキを自分で生み出せる。
「いい子にしていたらサンタさんが来る」。そんな呪いは、熱々のココアに溶かしてしまおう。残念ながら、いい子にしていてもサンタさんに気づいてもらえない事があるらしい。
みんなにとって特別な夜、孤独や不安に傷つく人がいる。それを知っている私はきっと強く優しく、美しい人になれるはず。
サンタさんにすがり、泣く夜はもういらない。