全てが新鮮でまぶしくて、心臓がどきどきと音を立てていた
はじめての海外旅行は、大学の卒業旅行で行ったフランスだった。
あと1週間遅かったら、新型コロナウイルスの影響で行けなかったであろうギリギリのタイミングで行けたことは、今でも本当に幸運なことだったと思う。
季節は冬。
旅の相棒は、苗字も名前もそっくりな、大学時代に出会った大切な友人。
フリープランのツアーで申し込みをして、思い切って取った10年パスポートをぎゅっと握り締め、成田空港の国際線から飛行機に搭乗した。
10時間以上のフライトとはじめて目にする機内食、異国の言葉で流れるアナウンスに、すらりと背の高い客室乗務員。
全てが新鮮でまぶしくて、心臓がどきどきと音を立てていた。
途中ロシアで乗り継ぎをして、パリのホテルに着いたのは夜だったろうか。
シャワーからお湯が出ることに感動し、日本では決して流れないようなリアルな世界情勢が映し出されるTVニュースに釘付けになり、互いに今いる場所がフランスであることを確認しあっては、声にならない充たされた気持ちでいっぱいになった。
ふたりの目的はそれぞれ。観光目的でフランスに来たわけではなかった
花の都、パリ。
お洒落なブティックや、至るところに軒を連ねるカフェテラス。
それからエッフェル塔にエトワール凱旋門。
だけど私たちはふたりとも、観光目的でフランスに来たわけではなかった。
彼女の目的は、ルーブル美術館。
私は、私の愛する日本人画家が目にした風景や空気に触れたくて、その人がいたことをどうしても素肌で感じとりたくて、この国を選んだ。
バイキング形式だったホテルでは、毎朝変わらずに数種類のチーズとパン、たっぷりのヨーグルトとフルーツに紅茶を合わせた朝食を摂りながら、ホテルの窓から確固たる足取りで街を歩く人々の姿をぼんやり眺めていた。
結露でうっすらと曇った窓が、今が2月であることをつよく感じさせたことを覚えている。
地図を広げて目的地を目指すふたりは、きっと誰が見ても観光客そのもので、迷いながら、ときに地元の人に助けてもらいながら、各々の目的地まで一緒に向かった。
はじめての地下鉄、はじめての特急列車。
最初は分からなかった出口を意味する『sortir』の文字も、何度も乗るたびに自然と覚えていて、見つけるたびに「こっちだね!」なんて言い合ってはうれしくなった。
今ここにいる私は私で、それ以外の何者でもない異邦人なのだ
ボンジュールとメルシー。
たったふたつの言葉しか予習してこなかったけど、それだけでもコミュニケーションはとれることを知る。
信号機に交差点、少し奥まった場所に見つけた、露店がずらりと並ぶ道。
知らない言葉に、知らない人たち。
何もかもがはじめてみたいにキラキラと目に映って、自分は何者でもないことを唐突に感じた。
今ここにいる私は私で、それ以外の何者でもない異邦人なのだ、と。
それが、知らないことばかりの世界に入り込んで知った、私にとっての大きな収穫だった。
行きたい国、出会いたい人、見たい風景がたくさんある。
それぞれの国で暮らす人々がいて、私の知らない世界線では、今も私と同じように生きて、息をしている人がたくさんいる。
そう思うだけで、想像するだけで、その国の人や風景、文化や空気に触れたくて堪らなくなる。
私が私であると確かめるために、旅をする。次の国は決まっている
私は、私が何者でもないことを知るために旅をする。
そして、何者でもないことを知った私は、ちゃんと私が私であることを確かめるために、旅をする。
帰りの飛行機のなか、少しずつ小さくなっていく夜の街のひかりを眺めながら、眠たい頭でそんなことを考えていた。
今はまだむずかしい状況だけど、次に行きたい国はもう決まっている。
私はそこで異邦人になり、何者でもないことを実感するのだ。