「自分が気づいていないだけで、世の中は素晴らしいものにあふれている」
旅に出るたびにそう実感させられる。それが、私が旅をする理由。

全てに嫌気がさし、遠くに行きたい思いから訪れた日本最北の地・稚内

旅先には、見たこともないような景色やおいしいご当地グルメ、その土地ならではの文化や伝統産業がたくさんある。それらと出会うたびに、「またこの土地に来たいな」という目標や、「まだ行ったことのない土地にはどんな出会いがあるんだろう」といった期待が湧いてくる。そんな出会いが、「現在」のしがらみに囚われた思考を「将来」へと向けてくれるのだ。

旅に心を救われたのは、大学4年生の秋、日本最北の地・稚内を一人で訪れたときだった。日頃の疲れや悩みが積み重なり、全てに嫌気がさしていたその頃。できるだけ遠くに行ってしまいたいという思いから、稚内を選んだ。

稚内の名物は「たこしゃぶ」。たこしゃぶとは、長く薄くスライスしたミズダコの足を、熱々のだし汁にさっとくぐらせて食べる、しゃぶしゃぶのような料理のこと。稚内・宗谷はミズダコの水揚げ量が日本一なんだとか。そうした情報を調べながら、たこしゃぶが食べられる店を探し始めた。

タコを口に入れた瞬間広がる理想郷。これで明日からも生きていける

選んだのは海辺のレストラン。窓からは宗谷湾を一望でき、ウミネコが点々とたたずんでいる様子が見られる。稚内を満喫するのにふさわしい場所だった。
注文したのは増毛(北海道北西部の町)の地酒とたこしゃぶセット。先に来た地酒をとりあえず一口……。
その瞬間、モノクロに見えていた世界が彩りを取り戻した。ウミネコたちの鳴き声はこの出会いを祝福する天使の調べに、店内はベルサイユ宮殿へと変わった。
「人参も水菜も、こんなに色鮮やかだったんだ」なんてことを考えながら、後から来たたこしゃぶセットと対面した。ふっくらとスライスされたミズダコに思わず恍惚としてしまう。はやる気持ちを抑えて手を合わせ、タコにそっと箸をのばす。

さっと火を通してまず一口、その柔らかさに、海を漂うミズダコのしなやかさを思った。また一口、ミズダコが生きた海に思いを馳せた。そしてまた一口、ミズダコ漁師の日焼けした力強い姿を想像した。
ありがとう、ミズダコ。ありがとう、漁師の皆さん。ありがとう、調理してくれたお店の方……。
どうして気付かなかったんだろう、この世界には素晴らしいものがたくさんあるってことを。なぜ忘れていたんだろう、現実ばかり見ていて視野が狭くなっていたんだ。思い出させてくれてありがとう。これで明日からも生きていける……。

気が付いたら目の前には空になった皿ととっくりがあった。〆の麺まで一気に食べつくしたようだ。あぁこれが理想郷、これがパライソ、アーメンハレルヤ南無阿弥陀仏……。私は満たされた気持ちで合掌した。

新しい土地、景色、食べ物との出会いは、私の視野を広くしてくれる

以上が、稚内に心を救われた顛末である。新しい土地、景色、食べ物との出会いは、私の視野を広くしてくれた。身の回りの出来事だけが全てではないということ。当たり前のことだが、実感をもってそう思えるのは旅ならではの良さだと思う。

しかし、日常の喧騒に身を委ねていると、いつのまにかそのことを忘れて、目の前の現実しか見えなくなってしまう。だから私には旅が必要なのだ。現実に縛り付けられた思考を外へと向けるために。

もし現実に行き詰ってしまったら、あなたも思い切って旅に出てみてはどうだろうか。一人旅はハードルが高いという人は、友達や家族と一緒に。そこにはきっと、あなたがまだ知らない素晴らしいものが待っているから。その土地ならではの出会いが、あなたを癒してくれるはずだから。