ベーカリーに就職。いつか必ず、私のコーヒーで喜んで欲しかった
「やっぱりおまえはパパの子やなあ」
17歳の冬、珈琲屋さんになりたいと言った私に、父が嬉しそうに笑ったのを今でもはっきりと覚えている。
パパっ子だった私は、若い頃、喫茶店を営んでいた料理上手の父が喜んでくれたのが嬉しく、また誇らしくもあった。
これまでの人生で、未だに一番だと思うカフェラテと衝撃的な出会いを果たした秋の終わり、進学校から単位制の高校に編入を決意(国公立大学への進学しか認めてもらえなかった)。ブラックコーヒーもろくに飲めないまま専門学校に入学。コーヒーと料理について学んだ。
21歳の時、憧れのエスプレッソマシンが置いてあるベーカリーに就職。それから1年間、バリスタのポジションが空くのをレジでパンを袋詰めしながら心待ちにした。パンを並べ、料理を運び、お客様とお話しするのも楽しかったけれど、いつか必ず私のコーヒーでお客様に喜んで欲しかった。
せめて実績を持とうと、コーヒーのコンペティションに積極的に参加した。ラテアートにも挑戦した。牧場いくつか分の牛乳を使って練習したと思う。
先輩は「上手にエスプレッソ淹れるねえ」とにっこり微笑んだ
そうして大会で上位入賞ができるようになった頃、私はようやくカウンターに立つチャンスを得た。先輩が言った。
「とりあえずエスプレッソ淹れてみて」
時効だろうから言うけれど、これまでの人生でで一番緊張した。
美味しくないと言われたら?コーヒーを淹れさせられないと言われたらどうしよう。この瞬間のために1年頑張ってきたのに。
もしかすると、いやきっと手が震えていたと思う。私は出来うる限り丁寧に、いつも通りの手順を踏んで、エスプレッソを1杯用意した。
お願いします、と差し出したカップを受け取った先輩は、慣れた手つきでエスプレッソを掻き混ぜて、すっと一口。
「上手にエスプレッソ淹れるねえ」
所在なさげな顔をしていたであろう私に、先輩はにっこり微笑ってくれた。
それから、もう5年が経とうとしている。先輩が結婚し退職、私はヘッドバリスタになった。
忙しい日々でも、「好き」を仕事にしている充実感といったら
それはそれはもうあっという間の5年間。目が回る程忙しい日々の中で、ありがたいことに貴方のコーヒーが一番なの、と仰ってほぼ毎日お店に来てくださるお客様も沢山できた。
楽しいことばかりでは、勿論なかったけれど、「好き」を仕事にしている充実感たるや。
誰もが一度は言われるだろう、好きなことや趣味を仕事にするのは良くないと。
けれど私はコーヒーが好きだから、1年待つことが出来た。コーヒーとのペアリングを考えてパンのおすすめができた。大会で成績が残せた。たった1杯のカフェラテでお客様を笑顔にできた。
これ以上必要なことが他にあるのだろうか。
好きなことばかりしていられないのは皆同じ。「好き」を続けるのも大変だけれど、「好き」をどこまで追求できるかの違いだと思う。
私は道半ばではあるけれど、最近は少しずつ周囲からの反応があることが増えてきた。
格好つけるのも仕事。夢は、世界で一番格好良いバリスタになること
格好つけるのもバリスタの大切な仕事の1つと教えてくれた恩師。
カウンターに立つバリスタは店の顔。格好つけて、格好良くあり、スマートに仕事をしてこそバリスタであると。私もそうありたいと思って日々カウンターに立ってきた。
楽しそうに仕事するね、コーヒーが本当に好きなんだねと声をかけてくださったお客様もいた。そして先日、店長が嬉しそうに私に言った。
「眼鏡のバリスタの、格好良いお姉さんに憧れてウチを志望しましたって」
目頭が熱くなったのを感じたけれど、格好つけてピースした。
私の仕事はバリスタ。好きな物は美味しいコーヒー 。
夢は世界で一番格好良いバリスタになること。