「結婚しよう!」
満開のチューリップと桜が舞い散る、なばなの里。彼の手には太陽の光に反射してキラキラと輝く指輪。これほど最高のロケーションはないと言わんばかりの美しい景色。ロマンチックで、夢のようなプロポーズ。
そこで私の出した返事。
「今は受け取れない」
美しい景色が一瞬にして灰色と化した。彼は私以上に暗い風景となっただろう。それでも私は最高のロケーションを前に、YESの返事をしなかった。

自由な彼と慎重な私。一生添い遂げる気になれなかった

彼とは出会って6年、付き合って5年という長い年月を共にしてきた。
料理が得意で、豪華な食事を作ってくれたり、おいしいご飯屋さんに連れて行ってくれたり、優しかった。仕事場まで迎えに来てくれることも多く、一緒にいると居心地が良かった。
でも彼は、私の話をまともに聞いてくれない。仕事であった話や家族の話をしていてもスマホをいじり、生半可な返事をする。

新しいことに挑戦するというと、そんなのやって何になるの?承認欲求の塊だ、何にがんじがらめになってるの?精神科にでも行く?と応援することなく、冷たくされる上、蔑むような発言をする。
かと言って黙っていると、なんで話さなかったんだと怒る。ちゃんと聞いてくれないからだと言い張っても、彼は聞いてるよと言う。納得いかない。

彼は付き合った頃は、直すところあったら直すからなんでも言って!と言ったが、お願いしたダイエットもするどころかどんどん太り、言葉で伝えてほしいというのもほぼなし。私が不服そうにしていても、彼はそんなことお構いなしで自由に私に甘えたり、そっけない態度を取ったり、自分の赴くままに行動していた。

彼は良くも悪くも自由だった。自分の思うままに行動する。私は慎重で場面場面で言葉を選んだり気を遣ったりする。彼とは対照的だった。
だからうらやましいと思う反面、ずるいと思った。彼は私のことを考えているというよりも自分の満足いく行動をとる。そんな彼と共に一生を添い遂げる気になれなかった。
そして、私はプロポーズにYESと答えないという選択を取ったのだ。

変わり始めた彼の様子に心が揺れた。美しい未来が見え始めた

しかし、彼はそれから奮起した。
今までサボってきたダイエット。私へ伝えてこなかった気持ちを伝える。私のことを応援しようと心がける。彼が普段やろうとしなかったことを、私を振り向かせるために懸命にやっている。
正直、私が引き離す態度を取ったから、プロポーズにすぐに返事をしなかったから一時だけかもしれない。でも、彼は変わろうとしている。私を好きでいてくれているから、私を愛してくれているから。

付き合う前に、私は彼に言った。
「魅力がないから付き合えない」
その言葉に屈することなく、私を追い続けた彼。1年後付き合うところまできた。それからさらに5年、プロポーズをするところまできた。
そんな中、私がYESと言わないという想定外の事態が発生する。それでも彼は諦めなかった。
かわいい。大好き、愛してる。普段は恥ずかしいからと言わない言葉を私に投げかける。
俺には、わかしかいないから!俺はわかがいないと死ぬから!その必死感に心が揺れる。
口先だけ、そう思っていた。でも、彼は私のことを6年ずっと好きでいてくれた。私が辛辣な言葉を投げかけても、彼は屈しなかった。私のことを1度も諦めなかった。
どこからそんな粘り強い気持ちが湧いてくるのか、私には理解できなかった。冷たくあしらっても彼は私のことを嫌いにならなかった。きっと、私のことを本気で愛してくれているから。

心の中のモヤモヤが少しずつ晴れていく。これから先、どうなるかなんてお互いわからない。少なくとも、今は彼が私のことを愛していると言ってくれる。大好きだと優しく抱き寄せてくれる。じゃあ、それでいいじゃないか。

前に受け取らなかった指輪を、左手の薬指に通す。電気の光に反射して輝く。
チューリップは枯れ、桜の花もない、ただの平凡な部屋。ロケーションとしてはロマンチックのカケラもない。
でも、私たちの目の前には美しい未来が見えている気がした。