「結婚したみたい、私!」
彼もとい夫から、婚姻届の受理の連絡を受けた私は、職場の休憩室で友人にそう切り出した。
今から二年ほど前のこと。
「え、どういうこと?」
友人はそういって目を丸くした。夫が市役所に婚姻届を出してきたことを説明すると「一緒に出さなかったの?」と友人は更に目を丸くした。
私:「忙しくて日程合わなかったから、任せた」
友人:「式はどうするの?」
私:「やらない。信じてもいない神に誓うなんて不誠実だし」
友人:「新婚旅行は?」
私:「ドイツ!レンタカーでアウトバーンをドライブするの。オペラ観て、サーキットを走って、お互いの趣味全開の旅行を計画中!」
友人:「結婚ってもっとロマンチックなものだと思ってたけど...言い忘れてた、結婚おめでとう」
私は立ち上がり、にこやかにお辞儀をした。
遠距離恋愛だった彼の顔を忘れそうになる時、たまらなく悲しかった
思えば、私たちはロマンチックとは程遠いカップルだった。プロポーズされたことさえ、私は気がついていなかった。
「最近俺たち『結婚しよう』『そうしよう』って言いまくりだよね。言葉どんどん軽くなってきてるよ。『ラーメン食べよう』『そうしよう』と同じ調子じゃないか。だから、そろそろ籍入れるぞ」これがプロポーズだなんて言える? でも、それに「そうだそうだ、入れよう籍!」と気軽に賛同したのも私だ。
付き合い始めた当初は、断じてこんなんじゃなかった。もっと初々しかった。だって、私たちが付き合い始めたのは15年も昔、中学校2年生の時だったから。
その当時、詳しい理由は割愛するが、私と彼は500kmも離れた場所に住んでいて、会えるのは年に2回ほどだった。でも、相手が同じ空の下にいるだけで、心が温かくなるのを感じていた。
あの頃は、お互いの距離を縮ませることに必死で、毎日携帯の料金を気にしながらも「好き」って言い合っていたっけ。会えない中で好きな人の顔を毎日思い浮かべていると、だんだん記憶が薄れて顔を思い出せなくなってくるのだ。
そのことがたまらなく悲しいと彼が打ち明けてくれた時、あぁ同じことを感じている、私たちは両思いなんだと苦しくなった。そういえば、両思いって言葉、いつから使わなくなっちゃったんだろう。
私たちは15年間、お互いを見つめながら少しずつ「成長」してきた
それから約15年、進学や留学、海外転勤で二人の間の物理的距離は近づいたり遠ざかったりしながら、心理的距離は着実に近づいてきたと思う。
私たちはお互いを見つめながら、手を差し伸べあって少しずつ成長してきた。そんな私たちにとって、結婚は共に生きていく未来を描くための手段だった。
例えば、どちらかが病気になった時に、病床に駆けつけるための方法。これを友人に言うと「大袈裟な」と笑われることもあるが、当人たちは至って真剣である。
遠距離恋愛中、互いにもしものことがあった時に、それを知る手段がないことがもどかしかった。だから「結婚しよう」「そうすればお互いに何かあっても支え合えるね」とおまじないのように言い合っていたのだ。
それが月日と共に形骸化して、結婚とラーメンが同列に扱われるようになったことは、もしかしたら幸せなことなのかもしれない。
結婚は、喜びや悲しみもひっくるめた「愛しいもの」
結婚に向けた準備の中、私たちは随分とぶつかった。互いの意見を譲れなくて、感情のままに家を飛び出しても眠る場所が同じ時、お互いを尊重できる方法を模索する。そんな時、私たちは共に生きているのだなと感じる。
喜びや悲しみもひっくるめた、日々の積み重ねを共にしたくて選んだ道は、小さな石ころや水溜りもある。ロマンチックのその先を、私たちは生きている。
関係性は変容し、最初の頃の情熱はもう無いけれど、この間産まれたばかりの子供を寝かしつけたあとにソファに座って話す時、私の大好きな横顔が触れられる場所にあることが、たまらなく私を幸せにする。
寝てる子供のお腹の上に手をのせたら、すでに夫の手がのせられている時、私たちは紛れもなく両思いだ。互いに抱く気持ちは、日々の生活の中で様々に変化する。どんどん変わるから、愛しい。この気持ちを永遠に味わうために、結婚したのだと思う。