帰宅すると、革製のブランドバッグの重厚感ある香りが、部屋いっぱいに広がっている。革の香りの元は、ニューヨーク発祥のブランドバッグだ。
私がお金を払って買ったのではなく、私の“能力の対価”として買ってもらったものだ。
このバッグを買ってくれた「おにぎりさん」の話をしようと思う。

食事や話し相手をすれば報酬がもらえる「パパ活」を始めた

ある時期、私はお金にとてつもなく困っていた。
副業をしようものなら、報酬の振込手数料やらがしょっ引かれて入金されるのが嫌で、丸々懐に入ってほしいと思うほどお金を欲していた。
ある日、ツイッターでフォロワーが口にしていた「パパ活」に興味を持った。
簡単に言うと、おじさんの食事・話相手をすれば、その場で報酬が貰えるというものだった。

場末のキャバクラやガールズバーの体験入店をしたことがあるが、三流サラリーマンがなけなしの金を払って酒を飲み、自分の娘くらいの歳の女相手に下ネタ満載のダル絡みを展開する。
しかも体験入店ということもあり、ドリンクを取れても時給は1,000円程で、“能力の対価”とは言い難いものだった。
ツイッターのフォロワーが言うには、「パパ活」はしっかり見極めて会えば程よい距離感で「お手当」をくれる“パパ”が見つかるとのこと。
そのフォロワーに教わりながら、私は「パパ活」を始めた。

20人ものおじさんと食事。その中に私のルールに即した人が

スケジュール帳を見返すと、半年間でのべ20人ものおじさんと食事をしていたようだ。
私の活動ルールは、同年代では頻繁に行けないような飲食店に連れて行ってくれる方で、初めて会う=通称・顔合わせの時点で「お手当」をくれる人にしか会わないというもの。
もちろん6割近くが下心むき出しで、私の活動に即したおじさんではなかったので、お手当は約束通り受け取り、上手いこと理由をつけて食事を切り上げ、連絡先を消去していた。

その中で唯一、私の活動に即したおじさんがいた。
まん丸な坊主頭で熊さんのようなガタイをした男性。その見た目から私はこっそり「おにぎりさん」と呼んでいた。
「おにぎりさん」はアラフィフのバツイチで、別れて暮らしている高校生の息子に養育費とは別で毎月20万ほど仕送りをしていると話すほど、お金には困っていないようだった。
初対面の時から私の行きたいカフェをヒアリングし、途中の東京駅で買ったという高級マカロンを手土産に、片道2時間かけて会いに来てくれたのだ。

私は「おにぎりさん」が好きなテーマパークの話を引き出したり、程よく私の身の上話をしてコミュニケーションを取り、その接客モードによる“能力の対価”として「お手当」をもらっていた。
キャバクラやガールズバーの客とは違い、「おにぎりさん」はお酒も飲まないし下ネタやダル絡みも一切ない。
「おにぎりさん」は遠くから毎回来てくれるので、会うのは月に2回程度。ボディタッチも全くなく、いつも程よい距離感でいてくれた。

お手当の7倍もするバッグを買ってもらった後、告げられたのは

数回食事を重ねたある日、唐突だが何かあった時の護身術に、お金にまつわる資格が欲しくて勉強を始めたことを話した。そしておこがましくも「勉強のノートが入るバッグが欲しいんですよね~」とおねだりした。
「パパ活女子」の間では、そこはかとなくハイブランドのものをねだって、お財布事情やゾッコン具合を伺うのが暗黙のルールとなっていたので、私も実践したのだ。
「おにぎりさん」は「今度はショッピングデートにしましょうか」と、ホクホクのおにぎりを擬人化したらこんな風に笑うのかなと想像できるようなニコニコ笑顔で言ってくれた。

後日、ショッピングデートの際に渋谷の百貨店で買ってもらったのが、ベージュ色のブランドバッグだ。
値段は普段貰っている「お手当」の7倍もする代物で胸が高鳴った。しかし、「パパ活女子」としてある程度の人数との食事を重ねていると自負していた私は、「ようやく私もブランド品を身につけられる人間になった」という優越感と、その目標を達成した虚無感に襲われた。
振り返ると、あの時「おにぎりさん」はブランド品を買い与えることで、私を手に入れたのだと錯覚していたのかもしれない。

その数か月後、「おにぎりさん」は私のリクエストに応えて、恵比寿にある高級焼肉店に連れて行ってくれた。そこには先日買ってもらったベージュ色のブランドバッグも持って行った。
高級焼肉店は個室で、店員さんがその場で一枚一枚焼いてくれる。
店員さんが次の料理を取りに厨房に戻った時、「おにぎりさん」は私に下心があるということを遠回しに告げてきた。
これまでの程よい距離感は何だったんだと呆気にとられつつも、「パパ活」史上で最もいい人だったからこそ残念に思った。

「能力の対価」として手に入れたバッグと、捨てられない彼からの言葉

ブランドバッグのおかげで高飛車になっていた私も、「所詮顔面偏差値が“中の下”の私に良くしてくれる男なんて、下心しかないよな」と我に返ったと同時に自己嫌悪に陥り、今日限りで会うのを辞めたいと伝えた。
しかし、「おにぎりさん」はこういうお別れはどうやら慣れているらしく、後腐れなく「そっか......」と言い、私の意を了承してくれた。

店を出て駅までの道中は、なんだか微妙な距離感と不穏な空気が流れる。
「おにぎりさん」は炊き立てのおにぎりが少しだけ冷めたような、何とも言えない表情を浮かべていた。
そして改札に入る間際に「リサさんは、本当に綺麗です」と言い、ショッピングデートの予定を立てたときのようなホクホクのおにぎりみたいな笑顔で見送ってくれた。
それからしばらく連絡のやり取りがなくなったので、私は「おにぎりさん」の連絡先を消去してしまった。

PMS(月経前症候群)やクォーターライフ・クライシス(人生の1/4が過ぎた頃に訪れる幸福感の低迷期)が起因して自己嫌悪に陥るそのたびに、このブランドバッグを見ると、「リサさんは、本当に綺麗です」と言った「おにぎりさん」が背中を押してくれる気がする。
私の接客モードによる“能力の対価”として勝ち取った代物であり、下心ではなく心の底から湧き出たと信じたい「おにぎりさん」の言葉は捨てがたく、未だに手元に置いている。