周りの人ばかりすごくて、自分について自慢できることはないと思っている。
国立大学を卒業したいとこや、誰が名前を聞いてもわかる大手企業で働く幼なじみ。
小さなころからやりたかった仕事に就いて、夢を叶えた友人。
自分の築いてきた道に自信を持っている、キラキラ輝いている彼ら彼女らを見ていると、自分は大したことが成し遂げられていないなと思い、低い自己肯定感がいつまで経っても捨てられない。

自分に自信がない私は、仲間の結婚式に後ろ向きな気持ち

仕事面では、上司から課題を次から次へと与えられ続けるので、いつまで経っても合格ラインに辿り着けない自分が嫌いになりそうになった。
直属の上司ではないが、関わりのある方から「充分頑張っていると思います」と褒められて、嬉しくて父親に報告したくらいだ。
1年前に部署異動する際に、当時の同じチームの人から「高山さんのことは心配していない」と言われても、自分に自信がなさすぎてその言葉を信じきれなかった。

今年の冬に、高校の部活仲間の結婚式がある。
仲間の中では一番最初に結婚式を挙げるので、祝いたい気持ちや久しぶりに仲間に会いたい気持ちはあるのだが、正直に言うと少し後ろ向きな気持ちがある。
恋愛と向き合い、努力して結婚に至った友人を目の前にすると、未だに休日の予定もなければ彼氏もいない自分とどうしても比べてしまう。

恋愛への努力を仕事の忙しさや、コロナ禍であることを言い訳にして怠ってきた自覚があるからこそ、単純な羨ましさだけでなく、現状を変えられなかった自分の情けなさと、素直に結婚報告を喜べない心の狭さが嫌になる。

「最近どう?」に「変わりないよ」と答えることに飽き飽きする

また、高校生の当時の仲間に会うということで、自分自身が高校生のときから何も変わってないことを報告したくないという劣等感が頭をもたげる。
「最近(恋愛の調子は)どう?」と聞かれ、「変わりないよ」と答えることには飽き飽きしている。
この質問に「彼氏ができた」と答えるためだけに彼氏を作るのも違うと考え、拗らせているのは自分なのだが。

置かれた環境で輝くことも大切だが、自分はダメダメだと思い続けると精神的に辛いということも知った。
自分を卑下することで、自身を守り、慰めていたのかもしれないが、いちいち思考がネガティブになってしまう要因を作っていたようだ。

今いる環境も誰かの憧れであるなら、誇らないと申し訳ない

今アウトプットを出すことに苦戦しながらも、やりたい仕事ができていて、仲間と楽しみながら仕事ができていると思っている。
現に、チームの先輩に嬉しい言葉をもらった。
「高山さんは優秀だし、明るくてコミュニケーション能力も高い」
自分が尊敬する周りの人に、このように言ってもらえて、素直に嬉しかった。
その先輩は新卒のときから、私の会社で働くことが夢であり、スキルを身に付けた後の転職でやっと入社を叶えられたそうだ。

私が今いる環境も、他の誰かの憧れであるに違いないのだから、誇らないと申し訳ない。
ここまでのマインドセットを持つには、もう少し時間がかかるかもしれないが、後ろ向き思考や、ネガティブにならないように気をつけ、自分を客観視することはできるように心がけたい。

その他にも自己肯定感を高めるためには、小さな達成感を積み重ねることが重要だと聞くので、今年は資格取得を頑張ってみようと思う。
勉強時間確保のために、仕事も効率的に進められるようになるのが目標だ。