「愛されピンクでお願いします!」
8年間のニートを卒業して初めて会社に就職した私は、美容院でそう頼んだ。

ヘアカタログで見つけた、ブラウンに薄くピンク色が入ったそのヘアカラーは、柔和で優しくてまさに愛されそうな色だった。
ただ「自分が身につけたい!」というくらい特別に好きな色ではなかった。
本当は抜け感のあるグレー、ブラックやネイビー、というモノトーンなカラーが好き。そんなヘアカラーが似合う人になりたかった。
地毛本来の暗さはそのままで、ちょっと透明感や艶を出す感じが理想。
しかし私は髪色が暗いと、なんだか暗くてキツい印象になってしまうから、それはできないと思った。

オレンジヘアにしたら、「やる気に満ち溢れている!」と言われた

ニートになる前、女優を目指していた時代があった。
しかし、講師や業界の人に「表情がなんか怖い」「やる気がないのか」としょっちゅう言われていた。
メンタルを病んで、もう女優になることは諦めて自暴自棄になりレッスン費を遊びに費やした一環で、地毛の黒い髪をオレンジヘアに染めてみた。そしたらなんと、
「おおお!女優になるやる気に満ち溢れている!」
と言われた。
ニート時代も、鬱状態が悪化して、衝動的に髪を染めたら、メンタルクリニックで、
「表情が明るくなったので気持ちも前向きになったかな?」
なんて診察で言われた。
どちらも精神状態は最悪。だけど「良くなった!」と言われる始末。
髪を明るくするだけでガラリと評価が変わることに驚いた。
心の中なんか関係ない、それだけ影響を及ぼすヘアカラーというものは重要だと感じた。

だから会社に入っても、常に明るく見られるように、印象を良くするように、うまくやっていくために、愛されるピンクを選んだ。
イベント会社なので特に見た目に規定はなかったから、しっかり演出しようと思った。
担当美容師の方は、パッと見はブラウンだけど、光が当たると透けたようなピンクがほんのり浮き出るようにステキに仕上げてくれた。
好きな色ではなかったけど、この技術はすごいなと感心した。

髪色ってものは、あくまでも印象のひとつに過ぎない

だが会社ではうまくいかなかった。
ビジネス的な会話ができない、大人として振る舞えていない、とかなり言われクビになった。
「一生懸命やっていることはわかっている、でもね……」
と、かなり態度や対人についてのことを指摘された。
自分ではしっかり新人らしく、そして心地よく仕事できるように心がけていたからびっくりした。
「見た目も気を遣っていたのに!」と、イラッとした。
でも、この愛されピンクヘアカラーは、関係ない。
髪色ってものは、あくまでも印象のひとつに過ぎないのだ。
もしかしたら初めての業務でいっぱいいっぱいになって態度の悪さが出ていたのかもしれない。
「可愛らしいくせに他人を舐めた態度で生意気」と言われることもあった。
「可愛らしい」は嫌味だということに気づいたのは最近だが、生意気なのは元々の私の性格だ。

幼い頃から「自分大好き・自分が1番」の人間だった。
負けず嫌いといえば聞こえはいいが、私以外の人間が褒められると睨んで攻撃するくらい、自分が1番じゃないと癇癪を起こす子供だった。
目上の人にも「私の方が偉いが?」という態度で挑み、周りをヒヤヒヤさせていた。
大人になるにつれて、そういうことをしていては周りを傷つけるし自分も酷い目に遭うことを学習し、やめた。
ただ生まれ持った素質は、ある程度は矯正できても完全に無くしたり隠すことはできない。
もう他人を攻撃するまでの傲慢さは持ち合わせていない……けど、謙虚にはなれていなかったかもしれない。

「周りとうまくやるため」にピンクを選んだ自分に腹が立った

どんなにステキで愛される見た目をしていても、騙せるのは最初だけ。
どのみち私の態度や素質は、会社、そしてこの社会でもうまくやっていけなかったのだ。
ヘアカラーがどうというより、まずは自分の素質とどう付き合っていくかに焦点を当てるべきだった。
髪を染めること自体は気分も上がるし、とても良いことだと思う。
ただ「周りとうまくやるため」という理由で、そんなに好きではないピンクを選んだ自分に腹が立ったし、担当美容師の方にも申し訳なくなった。

それからヘアカラーは自分が好きな暗めの色にすることにした。大好きな透け感のあるグレーみのブラックをチョイス。
クールな印象を与えて、やっぱり一部の人には「怖い」と言われた。
でも、とても気に入っている。
「ちょっと髪色が暗くなっただけですよ、良いでしょ、この色」
と自然と笑顔が湧いた。

愛されるピンク色は、トーンが変わると挑発的な色にもなる

そろそろ、また髪を染め直す時期になった。
そんな時、私の「推し」が髪をインパクトあるピンク色に染めていた。
愛されるためではなく、「小悪魔」を表現しているとのこと。
「なにそのテーマ!すごく良い!」とキュンとした。
愛されるピンク色は、トーンが変わると一気に挑発的なピンク色にもなる。
自分はモノトーンが1番好きだから、抜け感のあるグレーみのブラックにハイライトで推しと同じトーンのピンク色をプラスするのも良いな!と思い、ワクワクしながらヘアカタログを眺めている。
これからは、こうやってピンクを選んでいきたい。
自分が「これ!」と思った時に選ぶ。
もう一生、ステキで魅力的なピンク色を、妥協なんかで選ばない。