私には恐れている言葉がある。
「あなたはどうしたいの?」
この言葉を告げられると、もうどうしていいか分からない。頭にあぶくのような考えがボコボコと浮かんでは消えていく。結局、
「わからない」
と答えるしかない。

いつもなんとなく正解に近いものを選び、その場しのぎする私

25年間の人生が、自分の決断の末に築き上げられてきたものとは到底信じられない。
いつも、なんとなく正解に近いものを選んできた。学校の偏差値や年収など、数値で測れるものはとても楽だった。だが、友人と遊びに行く日の昼ごはんだとか、テーマパークでどのアトラクションに乗りたいかだとかは、何を選んだらいいのかよく分からない。
一緒にいる相手が食べたそうなもの、乗りたそうなものを選ぶ。正解すると相手の顔がぱっと明るくなる。
「わかってくれてるよね」
「やっぱり趣味があうよね」
私にとっては最高の褒め言葉だ。思わず私も笑顔になる。
こんなだからか、私には悩んだ夜に電話が出来る友人がいない。教室や職場などで数年を共に過ごす人はいても、長く友情を維持することができない。

その場しのぎを演じる私は、数年ごとに違う自分になるしかない。長年友情が続かないことに悩んできた。
一緒にいる時に相手の望む答えを選べなかったから、相手は離れてしまうのだと思っていた。しかし、どうやら原因はそこではないと薄々感じてはいる。
クラスメイトや同僚は数年経てば相手が変わることが多い。だが、恋愛ではそうはいかない。付き合いが長くなればなるほど、彼に合わせた自分を演じ続けるのは難しかった。

「あなたはどうしたいの?」。いつも聞かれる質問が苦しかった

彼は私にいつも聞く。
「あなたはどうしたいの?」
最初はイライラした。「毎回彼女の意向を確認してくれるなんて、優しい彼氏だね」と言われることも多かった。本当にその通りだが、私は苦しかった。
どの映画を見るか、どの店に入るか、一緒に出かける時は決めなければならないことの連続だ。
彼が何を望んでいるか、私には分からなかった。あまり感情の変化を表に出さないので、彼が望むことを読み取ることが難しかったのだ。彼の望む選択ができなければ、嫌われてしまうという恐怖が募った。

自分の意見を言って欲しい、という理由で、私と彼は何度か喧嘩している。
「いつもあなたはどう思ってるの、って聞くけど、俺はあなたがどう思ってるか教えてもらってないよ」
何度目かの喧嘩の時に彼に言われた。図星だと思った。
私はいつも、彼が決断してくれるのを待っている。そして、自分に決断を委ねられると途端に不安になって彼に答えを求めるのだ。
自分の望みを口にして、叶わないと自分が否定されたように感じるから?本心を伝えて嫌われるのが怖いから?どれも正解でどれも間違いだ。誰かの望む正解を選ぶのは楽、というだけな気もする。

私はこれから決断を重ねていく。まずは今日の夕飯から

人生は決断の連続だ。誰かの顔色を伺って日々の小さな決断を繰り返す私が、進路や就職先などといった大きな決断を自分の判断で出来るはずがない。
25年の人生は、誰かにとっての正解をかき集めて出来ている。私が自分で決断していないことで、無自覚に捨てた無数の私を思い、恐怖する。
「あなたが何を選んでもいいんだよ。もし俺が食べたいものとか、行きたいところがあったら、口で伝えるよ」
彼はこう言う。正直疑っている。
彼にとっての正解を選べなかったら……という不安はなくならない。だが、何かあれば彼が口頭で伝えるというのだから信じてみるしかない。私ができることは自分で決断する、という習慣を手に入れる努力をすることだ。
「ねえ、今日の晩ご飯はでっかいオムライスにしよう。卵の賞味期限が明日に迫っているから」
大きな決断の前に小さな決断を積み重ねよう。とりあえず今日の夕飯から。